日本を救うヨコ型リーダーシップ 第2回
— 藤原直哉 (@naoyafujiwara) 2017年10月17日
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藤原直哉の「日本と世界にひとこと」 2017年10月18日
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藤原直哉の「21世紀はみんながリーダー」 2017年10月18日
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繰り返し指摘している通り、最後のところは間違っている。
そして、最後のところが間違っているのなら全てが間違っている。
活字を読んで自分なりに解釈しているに過ぎない。
大悟徹底しなければならない。
欲界・色界・無色界の三界の迷界にある衆生はすべて苦に悩んでいる。私はこの苦の衆生を安んずるために誕生したのだから、尊いのであると言う。
ところが残存するパーリ仏典は『大唐西域記』と同じように釈迦自身の解脱という点で尊いとしている。この利他の面で尊いとするのか、解脱という利自の面で尊いとするのかに、時代による釈迦観の違いが現れている。
「天上天下唯我独尊」の意味を「全世界で私たち一人一人の人間が一番尊い」と解釈する説もあるが、経典上の根拠が全く無い説である。
天上天下唯我独尊 | 生活の中の仏教用語 | 読むページ | 大谷大学
「唯我独尊」とは、「唯だ、我、独(ひとり)として尊し」との意味であり、それは、自分に何かを付与し追加して尊しとするのではない。他と比べて自分のほうが尊いということでもない。天上天下にただ一人の、誰とも代わることのできない人間として、しかも何一つ加える必要もなく、このいのちのままに尊いということの発見である。しかも、釈尊は生誕と同時にこの言葉を語られたと伝えられている。これは、釈尊の教えを聞いた人々が「釈尊は、生涯このことを明らかにせんとして歩まれた方である」という感動を表現したものである。
この言葉はひろく世間に流布しているけれども、その意味が明らかになっていないところに、自他の、世界の、混迷があると言ってもいいかもしれない。
http://d.hatena.ne.jp/d1021/20171010#1507631750(自分自身のミタマを磨く「人生こそ、価値ある人生」。)
http://d.hatena.ne.jp/d1021/20171006#1507286089
#個人主義
New from HHDL & Archbishop Desmond Tutu, the Book of Joy Journal with inspiring quotes to help find joy in our lives https://t.co/lwA2Rvean4
— Dalai Lama (@DalaiLama) 2017年10月17日