「私のまわりの男は何かするたびにごほうびをねだったわ。あなたは何がお望み?」「君の笑顔さ」
筆者の一オシは、初コンビとなったドイツ映画『嘆きの天使』である。駆け出しの彼女が演じたのは、「あたいは全身恋のとりこ。だってあんたしか見えないんだから」と歌うローラ。根は悪くはないが移り気なこの小悪魔は、あふれる魅力で光り輝いていた。
登場人物がいい。とりわけ、窮地の源太郎を支える大工の娘、お順こそ池波の理想の女性像ではないか。二人が初めて結ばれた直後の、お順の変貌(へんぼう)ぶりがおかしい。
1カ月休んで精神修養、「体育会系の花屋」を率いるストイックな2枚目社長
「火のついたロウソクのように、人に残された命は刻一刻と短くなる。限られた時間の中で生きる意味を突き詰めれば、寸暇を惜しんで自己研さんすることではないか。会社はそのための場所にすぎない。僕自身や社員が成長できない会社なら、つぶしてしまったほうがいい」
「海外ではひたすら歩く。表通りも裏通りも気の向くままに歩き、気になった店や風景があると立ち止まり、なぜそう感じたのかをじっと考える。日が暮れるとタクシーを拾ってホテルに帰り、夜が明けるとタクシーで前日の場所まで再び戻って、そこからまた同じように歩き続ける。これを1週間くらい続ける」
9月には海外視察のほかに、毎年決まった本を読む。
情報を得るための読書ではない。自分を磨くための鍛錬だ。井上は日ごろの言動や自社の状態と照らし合わせながら、1行ずつゆっくりと読み進める。何度も開いた本でも、人生や経営の本質を突いた書物は読み返すたびに発見があるという。気づいたことは見返しに書き留める。
井上は社員やアルバイトに対しても、不断の成長を求める。
そこに悲壮感はない。
「僕のポジションはここ。どんな花を仕入れればいいのか、どんなメンバーで接客すればいいのか。それを一番分かっているのは、店舗スタッフ。だから、本部は店のバックアップに徹し、僕はさらにその後ろから支援するというのが最も理にかなっている。僕にはほとんど決定権がないが、それで構わない」
「どうして誰もがこんなに楽しそうにしているんだろう。僕には人々の笑顔がとても印象的だった。あるとき分かった。自分のしたいことをするために公園に来ている。だから心の底から楽しいんだ、と」
「うちの会社なんて別に世の中になくても関係ないんじゃないか、会社をたたんで大学院で勉強しようかとも考えた。経営する意味、生きる意味を見つけたくて、中村天風や安岡正篤の著作をむさぼり読んだ」
少年時代には松下幸之助や本田宗一郎、今里広記など経営者の伝記物を好んで読んだ。成功者への憧れからではなく、人が成長していく過程に興味を引かれたという。「成功」よりも「成長」に生の躍動を感じ取った井上の感受性は、そのころから人一倍強かったといえる。
前へ前へと進みながら、時には深く潜って自分を見つめる。そのバランスの良さが井上という経営者の本領なのだろう。
「井上と一緒にいると、感受性の鋭さに感心する。ほかの人は聞き逃したり見過ごしてしまう何気ない言葉やものに関心を示す。大きな判断を迫られる経営者の仕事は、そうした小さな気づきをどれだけ積み重ねられるかが大切だと思う」
「井上は子供のように素直な心を持っている。枠にはめないから物事がよく見えるのだろう」
「息子は誰に対しても分け隔てしなかった。高校の卒業アルバムに『クラスの皆と公平に付き合ってくれてありがとう』と友人が寄せ書きしていた」
今回の取材期間中、井上は折口と会食している。コムスンの介護報酬不正請求事件で、折口は世間から袋だたきにあった。おそらく折口にすり寄っていた人の多くが、蜘蛛の子を散らすように離れていっただろう。だが、井上は折口から離れない。
丹羽はどんな時でも自分の信念を貫こうとする。ただ、単なる思いつきを押し通すのであれば、信念とは呼べない。丹羽の頭の中には行動の軸と呼べる指針が存在する。「清く、正しく、美しく」がそれだ。丹羽は、ことあるごとにこの言葉を口にする。普通だったら、気恥ずかしくなるような言葉だが、丹羽は真剣そのものだ。
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