■
われわれは再び教育ある人間とは何であるか 見直す必要に迫られている|3分間ドラッカー 「経営学の巨人」の名言・至言|ダイヤモンド・オンライン
ドラッカーは、学校に対して、二つの要求を行なう。
第一に、肉体ではなく知識が中心の社会となったからには、知識の変化が急である。繰り返し、知識の更新を図っていかなければ、急速に時代遅れとなる。
しかし、いかなる学校といえども、必要とされるすべての知識を与えることは不可能である。そこで必要となるのが、“学習の方法”を教えることである。方法論、自己啓発、ハウツーを馬鹿にしてはならない。近代合理主義は、デカルトの『方法序説』から始まった。
第二に、知識が中心の社会では、知識ある者がリーダーの役を務める。ということは、知性と、価値観と、“道徳観”が要求されるということである。
今日、道徳教育は人気がない。ドラッカーによれば、これまで、あまりにしばしば、思考や、言論や、反対を抑圧するために濫用され、権威への盲従を教えるために使われてきたせいだという。
つまり、道徳教育自体が、非道徳的だった。
しかし、教育が道徳を伴い、かつ、それを重視すべきものでなければならないことだけは間違いない。
■
Twitter @nobuogohara 重要な指摘だと思います。RT @buffaloesl ...
重要な指摘だと思います。RT @buffaloeslover リスクマネジメント機能を企業経営者や政府だけに代表して担わせる形となり、個々の成員レベルでのリスク意識が相対的に希薄な社会構造を変えなければ、同じことは何度も起きる。九電幹部の不誠実さは、異常過ぎるが。
■
Twitter @ynabe39 「早川先生は真実を述べているんだから処分には反対」と ...
「早川先生は真実を述べているんだから処分には反対」というような意見は私は気に入らないね。問題は言ってることが真実かどうか適切かどうかなどではないから。
Twitter @tamai1961 ある言説の内容が正しいかどうか、適切かどうかと、その ...
ある言説の内容が正しいかどうか、適切かどうかと、その論者を処分することが適切かどうかは、まったく別の問題。かつ、処分者が企業である場合と大学である場合では、処分の適切性の問題が異なることがありうる。
■
Twitter @nhk_HORIJUN 福島県で除染作業に携わっていた60代の男性が亡くなっ ...
福島県で除染作業に携わっていた60代の男性が亡くなった。男性の死亡原因について国は「除染作業と関係はない」としているが何故関係がないと判断したのか、その根拠も示さなくてはいけない。チェルノブイリ事故でさえ人体への影響について研究が続けられている最中だというのに。情報公開の徹底を!
Twitter @nhk_HORIJUN 原発で相次ぐトラブルについても同様だ。敦賀原発では再 ...
原発で相次ぐトラブルについても同様だ。敦賀原発では再発防止策をまとめた報告書を国に提出した矢先の火事だ。再稼働にむけての拙速な帳尻合わせのような検証をしないでもらいたい。日本の原発は古い。古い原発を無理して使ってきた。経年劣化はどの程度なのか?そもそも劣化に対応できる対策なのか?
Twitter @nhk_HORIJUN 国や組織に期待してはだめだ。もうだめだ。僕らで動こう ...
国や組織に期待してはだめだ。もうだめだ。僕らで動こう。僕らで考えよう。僕らでこの国を変えよう。だって、僕らの国なんだからさ。誰かに任せるのは、もう、やめよう。僕らは皆仲間だ。ここでこうして繋がっている皆は、何かに気が付いたからこうして繋がっている。だから、僕らが動こう。