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『興亡秘話』
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 題して興亡秘話という。人間の歴史の中に秘められている興亡の実話ということでもあるが、また歴史を学ぶ中に、わが胸中に秘めた思いを託する話ということでもある。
 最初の吉良物語と土居清良の事蹟は恐らく現代にほとんど知られていないことであろう。共に私の忘れることのできない、それこそ秘史である。高貴な精神を抱いて、その器量・時代に卓越した年若い武将、ゆかしい節義と凡ならぬ教養を備えたその忠臣を中心に、軽薄利口で、禅に溺れ、厳しい現世に多寡を括った驕児、紅顔可憐の美少年、才色兼備の貞女、戦国特有の大野心家など、おのずからにして小説であり、戯曲であり、詩であり、哲学であるこの土佐哀史は何度読んでも興味が尽きない。
 また土居清良は聖雄の名に恥じない。吉良宣経亡き後、四国英雄の第一はこの人である。さすがの秀吉が日本の蓋になる人と推量した小早川隆景にして、衷心から歎賞した彼が、もし地の利と人の和とを得ておったなら、戦国の歴史は随分変わったことであろう。その出処進退の英邁で高遠なことは、全く武将にその比を見ない。この一篇は冒頭に私が解説した通り、敬愛する同学竹葉秀雄君が若いころその情熱を傾けて書いたものであるが、世に埋れたままで置くのを惜しんで、ここに収録した。
 春日潜庵もまた幕末第一流の人傑である。しかしやはり不遇というべき運命のために世人は多くこれを知らないが、こういう格調の高い偉人について歴史と人世とを考察すると、低俗な史書からは到底得られない理趣を感悟する。
 夏顔物語は一篇の文学作品で、史実に何の関係もないが、人世と事業というものについて警悟させられる点があり、何か幽明の隔てを撤して、夢か現か縹渺たるものを覚え、私の大好きな話である。
 諸葛孔明を説いた一篇は、絶えず我々の時世を連想させられながら書いたもので、有名なフランスの批評家サント・ブーヴがあらゆる時代に適切であること、それが古典の特質であるといっているが、偉大な古人は更にそういう感じがする。
 最後の一篇は日本今後の運命と至大の関係を有する中国について、甚だ認識の混乱している今日、その根本的理解を正しくして置きたいと考えて採録したものである。いずれも長く忘却の底に措かれようとしていたものを、また新たに世に役立つようにしてもらったことは感謝に堪えない。