https://d1021.hatenadiary.com
http://d1021.hatenablog.com

『二宮翁夜話』
P19

翁曰夫誠の道は、学ばずしておのずから知り、習はずしておのずから覚え、書籍もなく記録もなく、師匠もなく、而して人々自得して、忘れず、是れぞ誠の道の本体なる、渇して飲み飢えて食ひ、労れていねさめて起く、皆此類なり、古歌に水鳥のゆくもかへるも跡たえてされども道は忘れざりけりといへるが如し、夫記録もなく、書籍もなく、学ばず習はずして、明らかなる道にあらざれば誠の道にあらざるなり、夫我教は書籍を尊まず、故に天地を以て経文とす、予が歌に、音もなくかもなく常に天地は書かざる経をくりかえしつゝとよめり、此のごとく日々、繰返し繰返してしめさるゝ、天地の経文に誠の道は明らかなり、掛る尊き天地の経文を外にして、書籍の上に道を求る、学者輩の論説は取らざるなり、能々目を開て、天地の経文を拝見し、之を誠にするの道を尋ぬべきなり、夫れ世界横の平は水面に至れりとす、竪の直は、垂針を至れりとす、凡此の如き万古動かぬ物あればこそ、地球の測量も出来るなれ、是を外にして測量の術あらんや、暦道の表を立てゝ景を測るの法、算術の九々の如き、皆自然の規にして万古不易の物なり、此物によりてこそ、天文も考ふべく暦法をも算すべけれ、此物を外にせばいかなる智者といへども、術を施すに方なからん、夫我道も又然り、天言はず而して、四時行はれ百物成る処の、不書の経文、不言の教戒則米を蒔けば、米がはえ麦を蒔けば麦の実法るが如き万古不易の道理により誠の道に基きて、之を誠にするの勤をなすべきなり。

http://d.hatena.ne.jp/d1021/20090406#1238978884