峠 (上)
(上下2冊版の)P203
「あの男の碁ほど、愉快な碁はない。まるで眼中に勝敗がなく、そのくせどんどん勝ちを制してゆく」
この表現ができるというのは、よほど宋学でいう性理学をやった証拠だと思った。土田自身、あまりひろい学問をせぬから知識はすくないであろうが、しかし、性理学の本質をつかんでいる。
陸奥の弁舌のやかましさ、舌鋒のするどさには、塾のほとんどがかなわなかった。
河井は、
―あれは鳥のさえずりだ。
といって一度も相手にならなかった。土田衡平は陸奥が来るたびに相手になったが、「あの陸奥が土田にかかるとまるで子供だった」と鈴木無隠は後年いった。