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「キリスト教文明は行き詰まっている」発言を考える ー中川信博ー

エスの行った救いの実践と現在の教義はまったく関係ないといっても過言ではありません。

小沢幹事長のいう通り、確かにキリスト教イスラム教の一部の宗派は極めて排他的なところがあるように思えます。両者とも原理主義と呼ばれることが多いですが、一方多神教であるギリシャペルシャの宗教にはそのようなことはないように思えます。ーイエス以前のいわゆるユダヤ教徒がその他の多神教徒にとった態度と、その他の多神教徒がユダヤ教徒にとった態度は「寛容」、「非寛容」といわれても致し方ない面はあるように思えますー

また日本の神道はあらゆる宗教を受け入れて今日があるようにみえます。神道多神教でありながら一時期、国家神道として排他的になったという指摘もあります。古来からの古神道と近代国家神道の相違は、アミュニズム的な曖昧さを排除してキリスト教的になったということのようです。

私は明治政府の二大愚策は、一つが明治憲法大陸法を採用したこと、もう一つが天皇陛下(スメラミコト)に軍服を着せたことだと思っています。神道軍国主義というような誤ったメッセージを諸国に伝えることになりました。

ここまで小沢幹事長の言動から長々と考えてきましたが、小沢幹事長がいったキリスト教文明は行き詰まっているということとは別の意味でそうなのかもしれません。ーもちろん排他的だからという意味ではありませんがー

今、人類に必要なことは宗教という人類が考案したー意味論的な叙述ー教義によるのではなく、マイケル・ポランニーが提示した暗黙知の世界に入り、イエス釈尊ムハンマドの知(思い)に住み込み、人類が雪崩のようにイエス釈尊そしてムハンマドと同じ思考になってしまうことこそが、真の平和実現には不可欠なのではないでしょうか。当然ですが、これを人類は雪崩のように行なわなければなりません。もしかするとこの役目は日本人にしかできないのかもしれません。

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