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ドイツ大使館公邸にて(二)

 試験は日独別々の部屋で異なる方法で行われた。どちらの側でも筆記試験と口頭試問の両方が課された。日本側は筆記試験を特に重視し、ドイツ側はその逆だった。

 ドイツ側の筆記試験は与えられた課題について好きなように書く独作文だった。ある年に「貧困について」という題目が与えられた。受験生はみな知識人である。当然ながらマルクスがどうだとか、日本社会の矛盾がどうだとか、難解なことを書きたがる。

 ところが最高点を取ったのはある私大の大学院修士課程の二年生の女子学生だった。彼女は東京の家賃が高いことについて書いた。世界の他の都市に比べての東京の生活困難の原因はここにある、といったレベルのテーマを、文法の誤りのない平明な長い文章で書き綴った。日本に暮らすドイツ人は身につまされる話題であった、これを喜んだ。そしてとび抜けて高い点を彼女に与えた。

 合同判定会議でこの事実を知って日本側試験官は反論した。彼女の独文和訳の点数が低かったからだ。口頭試問でも学者としての資質の片鱗をうかがわせるものに乏しい、と日本側では判定されていたからである。


 けれどもドイツ側は反論を認めなかった。議論は平行線を辿った。そして合計点により彼女は上位で選に入った。