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【記者会見】白川総裁(8月30日) (PDF, 207KB)
(問) 本日、臨時会合を開催するに至った経緯と、会合の内容についてご説明下さい。その際、本日の会合で須田委員が反対されているようですが、その点についても可能な範囲でご説明頂ければと思います。


(答) 臨時会合を開催した趣旨と本日の決定内容については、重なる部分がありますので、両者を一体として説明したいと思います。日本銀行は、本日、臨時の金融政策決定会合を開催し、固定金利方式の共通担保資金供給オペレーションについて、これまでの期間3 か月物の残高20 兆円を確保した上で、6か月物を新たに導入し、追加的に10 兆円程度の資金供給を行うことにより、総額30 兆円という大量の資金を供給していくこととしました。これによって、市場金利の低下を促し、金融緩和を一段と強化していくこととしました。また、次回会合までの金融市場調節方針につきましては、「無担保コールレート(オーバーナイト物)を、0.1%前後で推移するよう促す」とすることを全員一致で決定しました。
こうした決定の背景となる経済・物価情勢についてご説明します。わが国の景気は緩やかに回復しつつあり、先行きも回復傾向を辿るとみられます。
物価面では、生鮮食品を除いた消費者物価の前年比は、基調的にみると下落幅が縮小を続けており、先行きも下落幅が縮小していくと考えられます。この間、GDPや雇用など弱めの経済指標がみられている米国経済を中心に、先行きを巡る不確実性がこれまで以上に高まっています。不確実性の高まりを反映して、為替相場や株価も不安定な動きを続けています。こうしたもとで、日本銀行としては、わが国の経済・物価見通しの下振れリスクにより注意していくことが必要となっていると判断しました。
日本銀行としては、今回の金融緩和措置が、政府の取り組みとも相俟って、日本経済の回復をより確かなものとする上で、効果を発揮すると考えています。
日本銀行は、日本経済がデフレから脱却し、物価安定のもとでの持続的成長経路に復帰することが極めて重要な課題であると認識しています。こうした認識のもと、強力な金融緩和の推進、金融市場の安定確保、成長基盤強化の支援を図ってきました。日本銀行としては、今後とも、中央銀行として最大限の貢献を粘り強く続けていく方針です。
臨時会合をなぜ開いたのかというご質問につきましては、先程も申し上げた通り、先行きを巡る不確実性の高まりという文脈の中で理解して頂ければと思います。
また、須田委員が反対された理由ですが、詳しくは議事要旨をみて頂きたいと思います。須田委員は、足許の経済指標は概ね想定に沿った展開となっているほか、為替円高や株価下落の実体経済への影響についてもう少し見極めが必要と思われること、為替対策と受け取られかねず、長い目でみてバブルの温床につながるリスクを高めること、本措置による効果は限定的である一方、市場機能を今以上に低下させるなどコストが高く、デフレ対応という観点からは、現在取り組んでいる成長基盤強化に注力すべきであること等の理由から反対されました。


(問) この後、菅総理と会談する予定と伺っていますが、その場では、どのような話をされる予定でしょうか。


(答) まず最初に、総理とは概ね3 か月に1回程度、経済金融情勢に関して、意見交換の機会を頂くことになっており、本日もその一環として意見交換を行う機会を頂いたものです。私は先週末から、米国のジャクソンホール中央銀行関係者や学者が集まる年1回の会合に出席して、色々な意見交換をして参りました。私からは、そうした会議での意見交換に加え、米国経済を中心に先行きを巡る不確実性がこれまで以上に高まっていること、これを受けて為替相場や株価も不安定な動きを続けていることなどを踏まえて、わが国の経済・物価情勢の現状や先行きの見通しについて説明するつもりです。また、本日の決定会合で決定した金融緩和の一段の強化についても、説明しようと考えていす。


(問) 政府と日銀の密接な連絡や意思疎通という問題と、中央銀行の独立性という問題との間のバランスについて、総裁のお考えをお聞かせ下さい。


(答) 日本銀行は政府との間で、様々な場を通じ、また様々なレベルで、十分な意思疎通を図っています。こうしたもとで、米国を始め世界経済の先行きを巡る不確実性が高まっており、わが国の経済・物価見通しの下振れにつながるリスクが高まっているという点については、政府との間で認識に大きな違いはないと考えています。本日の措置は、そうした認識のもと、日本銀行が景気回復を金融面から下支えするためには、追加的な金融緩和措置を実施することが必要という判断を日本銀行自身の責任において行ったものです。中央銀行の独立性についてのご質問ですが、今申し上げた通り、わが国の経済・物価情勢に関する認識は、政府と大きな違いはないと考えています。日本銀行は、日銀法第4 条に定められている通り、「常に政府と連絡を密にし、十分な意思疎通」を図っています。その上で、金融政策運営については、これも日銀法第3 条の定めに従い、政策委員会の判断と責任のもとで決定しています。中央銀行が金融政策運営を自らの判断と責任で行うことについて市場の信認が確保されることは、一国の通貨の価値を維持し、更には金融政策の有効性を高めていく上で重要であると考えています。日本銀行としては、この点についての理解が幅広く共有されることを願っていますし、また、そのために、日本銀行としても丁寧な説明を心がけていきたいと思っています。


(問) 2 点伺います。あと1 週間経てば、定例の決定会合があるわけですが、それをあえて前倒しした理由の中に、公表文の4.にある「政府の取り組みとも相俟って」という部分があるのかどうかお教え下さい。また、2 点目は、今後の政策の考え方について、米国でのシンポジウムでバーナンキ議長が「経済が更に減速すれば、更なる金融緩和策に踏み切る姿勢を示す」と言っていますが、日本銀行にはそうした考え方があるのか、お聞かせ下さい。


(答) まず、今回の臨時会合ですが、前回会合以降の展開をみますと米国経済について弱めの指標が相次ぎました。そうした中で、円高あるいは株安も生じています。こうした動きをみると、先程申し上げた通り、経済・物価の先行きのリスクについて、より注意していくことが必要だと判断したわけです。政府の対策との関係でありますが、政府も対策をしっかりと検討されることはもちろん承知していますし、そうした政府の対策が実施されることも、私どもとしては意識しました。
FRBの追加緩和ですが、FRBの金融緩和の姿勢・方針について解説し、その上でお答えしたいと思います。FRBが8 月10 日のFOMCで行った決定は、リーマン破綻後の証券買入れにより保有することになったエージェンシー債やモーケージ証券の償還がこのところ増加しており、それを放置すると金融引き締めとなることを回避するために、償還資金見合いで長めの国債を買入れることにより、証券の保有残高を維持するというものです。金融の引き締めが生じてしまうことを回避することが目的であると、バーナンキ議長が今回の講演でも言っていますが、言い換えると、金融緩和を継続することを表明したものです。今回、ジャクソンホールでの講演では、経済が大幅に悪化した場合には追加的な緩和措置を採る用意があることを発言されました。これは、「大幅に悪化した場合には」ということです。今回、8 月の決定会合と本日の臨時会合で日本銀行の採った措置についてですが、まず8 月の会合では、FRB同様、金融緩和を維持することを決定しました。それから、先々の政策について、日本銀行は、毎回の決定会合の公表文において、中央銀行として最大限の貢献を粘り強く続けていくことを明確に示しています。言い換えると、経済・物価動向や金融情勢の変化などによって、必要と判断される場合には、適時適切な対応を行っていくということであり、この点でもFRBの金融政策運営と同じと理解しています。違いは、FRBの方は現在、追加緩和の措置を採っているわけではないということです。日本銀行は、今回、固定金利オペを拡充することで、先程申し上げた、景気の下振れリスクに対応して前倒しに追加の緩和を行ったということです。


(問) 先程、須田委員のご指摘についてお話し頂きました。短期市場の機能を損なうのではないかというご懸念や、株、為替の動きについてももう少し見極める必要があるのではないか、あるいは、バブルのリスクを誘発するのではないかというご指摘に関して、総裁のご意見をお伺いします。


(答) 金融政策は、どのような決定でもそうですが、常に効果と副作用を比較考量して行っています。効果だけあって副作用がないということはなく、必ず両方があるわけです。それぞれの点検項目は十分に他の委員も認識し、その上で総合的にみて効果の方が勝ったということだと受け止めています。


(問) 2 点伺います。まず1 つは、政府との意思疎通についてです。電話会談の後、1 週間も経たずに菅総理が談話を出しました。決定の事前に出される談話としては異例だと思うのですが、こうした状況をみて、意思疎通が十分であるのかという指摘も聞かれます。電話会談から先週末に至る過程においての意思疎通がどうであったのかを含めて、ご説明下さい。もう1点は、市場との対話という観点からの質問です。バーナンキ議長は将来の金融政策について、かなり踏み込んだかたちで、こうなったらこういった手段を採る用意がある、というような発言を行っています。日銀とはちょっと違うと思うのですが、そういった市場との対話の手法について、またタイミングとやり方についてどのように思っているかご見解を伺います。


(答) まず1問目について、繰返しになって恐縮ですが、政府と日本銀行の間の意思疎通は、色々な段階で行っています。意思疎通が円滑に行われていないとは思っていません。それから、これは電話会談でも申し上げたことですが、ジャクソンホールでの会議は、私にとって非常に重要な会議であり、今回もバーナンキ議長、トリシェ総裁をはじめとして、中央銀行関係者やエコノミスト、学者と随分意見交換を行いました。これだけ経済が大きく動いて不確実性が高い情勢であるだけに、どのような判断をしているのか意見交換することは非常に大事だと思いました。そうしたことも踏まえた上で、総理とまたお話をさせて頂こうと思っていました。
それから、市場との対話のスタイルについてです。これは、色々な中央銀行の市場との対話のスタイルがありまして、今、FRBの話がありましたが、ECB、BOE、日本銀行、それぞれ異なっております。FRBは、米国の金融市場あるいは様々な制度を前提とした場合に、あのスタイルが米国にとっては一番よいということでしょうが、必ずしも米国のスタイルを真似ることがよいわけではないと思います。先々、経済が弱くなっていった場合に、日本銀行としてどういう対応を採っていくかの政策手段については、状況に応じて検討していくのですが、一番大事なことは、日本銀行として、物価安定のもとでの持続的な成長経路に復帰するために最大限の貢献をしていくことであると毎回強調しています。どの政策手段を採っていくかもさることながら、最も根本のところは、非常にはっきりしていると思います。そういう意味で、日本銀行の市場との対話を、単純に――もちろん単純に比較しているのではないのでしょうが――米国と比較してみるのはいかがなものなのかな、と思います。


(問) 2 つ伺います。ジャクソンホールでの会合が大変大切なものだったと言っていましたが、様々な方と意見交換した中での全体の印象を伺います。菅首相にも報告するそうですが、認識を新たにされた部分があれば教えて下さい。
認識の変化があるとすれば、本日の決定に影響があるかを伺います。
もう1 つは、元副総裁の岩田一政氏が、デフレの克服には金融政策だけでは限界がある、為替政策や財政政策との組み合わせでなければ克服できない、と述べられていますが、その点についてお伺いします。つまり、金融政策には限界があると考えているのか、もしそう考えているのであれば、為替政策などについてどのような期待があるのか、効果があると考えているのかご説明下さい。


(答) ジャクソンホールでの議論ですが、各国の中央銀行総裁と率直な意見交換を行いました。バーナンキ議長、トリシェ総裁と長時間にわたり意見交換、情報交換の機会を持ちました。ただ、意見交換の個別具体的内容について紹介することは、先方との関係もあるので差し控えたいと思います。
ジャクソンホールで私自身が感じたことは、大きく言って2つあります。1つは、経済の短期的な動きについてです。こちらは、米国経済についてお示しした判断にも反映されているとご理解頂きたいと思います。もう1つは、ジャクソンホールでの議論は1 年に1 回行いますので、この1 年間の変化を改めて皆が確認して、その上で今自分達がどういうことを考えているのかを深く考察するよい機会になっています。1 年前を考えますと、一昨年9 月のリーマンショック後の大きな経済の落ち込みから抜け出して、世界経済は回復の方向に持ち直していました。その意味で、若干の安堵感が拡がっていたように思います。それから1 年、今回は、ギリシャ危機をはじめとしてソブリンリスクの問題に直面し、米国経済も足許弱くなってきています。一方、先進国の政策金利は実質ゼロ、財政赤字も非常に高い数字で、政策対応余地も大きくはないという状況です。それだけに、本格回復軌道に乗るにはまだ時間がかかると、会議の参加者が実感していたように思います。
バブル崩壊後の経済調整の厳しさを身を持って体験してきた当事者である私どもとしては、こうした事態を将来予測に織り込んでいます。ただ、そうした事態を体験していない人からすると、調整には時間がかかるということを、改めて重く受け止めているように思いました。会場の内外で、日本に関する質問を改めて多く受けました。それも、先程申し上げたような問題意識を反映しているのだと思いました。それだけに、例えば、バブル期の金融政策のあり方、あるいは金融危機発生後の異例な政策対応のあり方、規制・監督などについてしっかりと議論していく必要があります。つまり、中央銀行の基本的な政策思想についてもう1 回、根源から考え直していく必要があることを皆が実感し始めていると私は受け止めました。
それから岩田元副総裁のご主張に関連して、金融政策には限界があるのかという問いについてです。中央銀行の行う金融政策は、大きな役割を果たすと思っていますが、しかし金融政策で全てが解決するわけではないということも当然のことです。今回、ジャクソンホールでのバーナンキ議長講演の冒頭で、現在経済が直面している様々な問題について、金融政策だけで解決するわけではないと述べられ、その上で、中央銀行として金融政策で対応できる部分について一生懸命考えていく、対応していく必要があるという趣旨のことを述べておられます。私もそういう意味では、バーナンキ議長と同じような認識を持っています。
お尋ねは、特に為替政策に力点があったように思いますが、私自身は、現在進めている成長基盤強化支援融資について、4 月に構想を発表した時にも申し上げた通り、現在日本経済が直面している最も大きな問題を何か1 つだけ挙げるとすれば、成長基盤が徐々に弱まっていることだと思います。これは足許の問題ではなく、10 年、20 年という期間でみた時に一番大きい問題だと思います。この問題をしっかり解決していくことによって、将来の所得増加期待が強まり、その結果、成長にも大きな好影響を及ぼしますし、物価にも好影響を及ぼしていくと思います。そうした努力を並行して進めていくことは、中央銀行としてできることをしっかりやっていくことと何ら矛盾する話ではなく、両方の努力をしていく必要があると考えています。


(問) 3つ伺います。まず1 つは、今回、金融緩和の手段として固定金利オペの拡充を採用したのですが、他に、長期国債の買入れを増やすとか、政策金利を引き下げるという手法もあり得ると思うのですが、固定金利オペの拡充を選んだ理由をお聞かせ下さい。また、産業界の不安として、円高と株安がありますが、今回の措置を採っても収まらなかった場合に、更にもう一段の金融緩和も課題になってくるのかどうか、認識をお聞かせ下さい。3 つ目は、政府の経済対策も今回臨時会合を開催する上で意識したというお話がありましたが、タイミングを合わせることで、今回の金融緩和措置がより効果を発揮すると考えたということでしょうか。


(答) 1問目については、今回固定金利オペを拡充する理由を先程ご説明しましたので、国債買入れ増額あるいは誘導目標金利の引下げについて、どう考えているのかという問いと受け止めてお答えします。日本銀行は金融緩和効果を最大限に発揮するために各種の資金供給手段を活用しながら、潤沢な資金供給を行っています。国債買入れについても、将来にわたって金融調節の対応力を確保しつつ、安定的なかたちで潤沢な資金を円滑に供給するという金融調節の観点から、大いに活用しています。日本銀行の買入れ額を、最近国債買入れを再開したFRBの買入れと比較すると、名目GDP比でみたフローの買入れ額は、日本銀行FRBの約3 倍となっています。残高ベースでみても、名目GDP対比で、日本銀行の買入残高は11.8%と、米国の5.3%のほぼ2 倍となっています。日本銀行として、効果と副作用を考えた上で、国債の買入れについては現在の買入れ規模が最適であると判断しています。それから、誘導目標金利の引下げについても、効果と副作用を入念に点検しています。もちろん先々の政策ですから、予め特定の政策を排除するとか、念頭におくということはなく、予断なく点検していきますが、現時点での考え方を申し上げますと、現状実質的なゼロ金利という極めて低い金利水準となっているもとで、追加的な利下げが市場機能や金融機関行動に与える副作用についても十分見極めた上で判断していく必要があります。ジャクソンホールでのバーナンキ議長講演でも、短期金利をこれ以上引き下げると、多くの金融機関が短期金融市場から退出し、市場の流動性が大きく低下するとした上で、追加的な金利引き下げが、市場の機能を長期にわたって損ない、適切な金融政策を阻害する惧れがあると指摘されています。私は、かねてよりこうした問題の重要性について指摘していますけれども、当初はこのような問題についてあまり多くの理解があったわけではありませんので、ジャクソンホールバーナンキ議長の講演を聴きながら、ある種の感慨を覚えました。2つ目の株安・円高ですが、私どもは、市場の動きの1つ1つ、株安になったから、あるいは円高になったからということに対して、金融政策を適合させていくという考え方は採っていません。あくまでも、中長期的な経済・物価の姿を点検し、それにどのような影響があるかをみながら、金融政策を運営しています。
3つ目の政府の取り組みとの関係については、先程タイミングというお話がありました。もちろんタイミングは大事ですが、一番大事なことは、政府と日本銀行が、物価安定のもとでの持続的な成長軌道に復帰するため努力しているということです。文字通り、そのタイミングが丁度合ったから効果が発揮されるということではなく、両者がその目的に向かって、それぞれの持っている手段を使って取り組んでいることが大事だと思います。その意味で今回は、タイミングももちろん揃っていますし、そういう目的に向けて双方が取り組んでいるということだと思います。


(問) 先週の菅総理と総裁との電話会談後、円が一時83 円台、株価も9,000円割れとなったことを受け、市場では日銀の金融緩和策が遅きに失したという批判もあります。この点についてはどのような認識をお持ちでしょうか。


(答) ご質問は、FRBの金融緩和姿勢と日本銀行との違いということを意識されてのことだと思います。8 月の会合では日本銀行は金融緩和の維持を決定し、FRBは金融引締めとなることを防ぐべく金融緩和を維持したということであり、これは全く同じです。それから、日本銀行先々の経済を展望して、物価安定のもとでの持続的な成長経路に復帰するために最大限の貢献をしていくことを常々強調しています。その上で、基本的な金融政策の構えという点で違いがあるとは思っていません。
ご質問の背景には円高があると思いますが、現在の円高の基本的な背景として、市場で一般的に言われていることは、米国経済を中心に世界経済の不確実性が高まる中で、全体的に投資家のリスクテイク意欲が低下しているということです。そうした中で、相対的に安全な資産・通貨とみられている円への需要が高まっていることが基本的な原因だと思います。因みに、前回の会合以降の円の主要国通貨に対する変動率をみた場合、一番は対ユーロでの円高ユーロ安ということですが、これはこの間日本と欧州の間で金融政策スタンスについて何か違いがあったわけではありません。一方、前回会合以降でみると、円の対ドルレートは対ユーロレートに比べ実はそれ程大きく変動しているわけではありません。このことも含め、結局グローバルな投資家のリスクテイク意欲が低下し、その結果、安全資産に対する需要が高まっているという市場の解釈が一般的にはなされているのだと思います。


(問) 上下のリスク認識について、今回の決定会合では、下振れリスクがより強まったのかを伺います。また、前回会合以降、米国経済指標がかなり悪化したと言われましたが、それで日本経済の先行き不透明感が増しているとするならば、米国経済が自律的に回復してこないと日本経済の先行き不透明感が晴れてこないのでしょうか。中国はまだ成長していると思うのですが、それとの関係について教えて下さい。


(答) 4月末の展望レポート公表時に、上下のリスクは概ねバランスしていと申し上げました。その後、毎回の決定会合でリスクバランスの点検を行っていますが、概ねバランスしているけれども、その中で少しずつ下振れリスクを意識する委員が、あるいはその程度が増しているなという感じでした。今回の臨時会合では、もちろん委員によって若干ニュアンスの差はありますが、上振れリスクよりも下振れリスクについてより注意する必要があるという方向に傾きました。その結果、今回、前倒し的に金融緩和措置を行ったということです。
また、世界経済の回復と米国経済の関係についてですが、もちろん、米国経済は非常に大きな経済ですから、米国経済がしっかりと回復していくことが大事であることは言うまでもありません。ただ、米国経済について足許弱気の見通しが広がってはいますが、今回のバーナンキ議長の講演では、2011年の回復の条件自体は整っている、ということも言っています。このFRBの見通しが正しいかは現状わかりませんが、私どもとしては、下振れ方向のリスクを意識しながら状況をみていくことがよいと思っています。ただ、ご質問にあった中国経済をはじめとして、新興国は現在も力強い拡大を続けているとみています。中国については、春先以降、各種の政策措置によって一部の分野で若干減速している面もありますが、持続的な景気の拡大という観点からは、むしろ若干のスローダウンは望ましいのかなと思います。ただ、いずれにせよ、新興国の強さと足許の米国の弱さが、どのように相互に作用していくのかは、注意してみていきたいと思っています。


(問) 先程、FRBは「追加緩和というより、緩和を継続している」と、一方で、日銀は「先取りして前倒しで追加緩和を行った」というご説明があったかと思います。もっとも、FRBが金融緩和することによって円高ドル安に振れ、日銀が金融緩和することによってドル高円安に振れるという、結果的にみて一種の対立関係になっているように思うのですが、こうした状態を是正するためにバーナンキ議長等とお話する機会はありましたでしょうか。


(答) 為替レートの変動は色々な要因で決まってくるわけですから、たまたま現在の局面を捉えると、今ご指摘のような動きになっている面があるのかもしれません。しかしながら、過去の為替レートの変動をみてみると、必ずしもそうした対立のような関係だけではないと思います。私としては、世界経済全体が厳しい状況にある中で、各国がいわばゼロ・サム・ゲームのように政策を考えることは持続的な経済発展にとって好ましくないと思います。むしろ各国が世界経済への影響も考慮しながら、自国の持続的な成長を図るためにどうしたらいいかをしっかりと考え、取り組んでいくことが大事だと思っています。


(問) 景気の先行きの見方について伺います。米国経済を中心に先行きの不確実性がこれまで以上に高まっているという判断を示しているにも拘わらず、先行きの中心シナリオについては回復傾向を辿るという判断をなさっています。これは言い換えると、一部で言われているような二番底のような状況はないと考えているということだと思います。このように、上下のリスクバランスを変えたものの中心シナリオを変えないのは、まだ十分に材料が揃っていないからなのか、材料は揃った上で判断をなさったのか、ご説明下さい。


(答) 本日は臨時会合であり、景気、物価の点検に通常の会合ほどには時間をかけられませんでしたが、前回の会合以降に出た、日本経済に関する実体面の経済指標をみると、むしろやや強めの指標が多かったと感じています。ただ、先々をみた場合に、先程申し上げたようなリスク要因が出てきていることを考えると、このリスク要因が標準シナリオそれ自体を幾分下方修正するという可能性はもちろん否定はできません。私どもとしてはそうしたことも展望しながら、しかし今の段階では、下振れリスクの方をより注意した方がいいという判断にしています。この後、9 月の会合それから10 月の展望レポートでもそうですが、新たなデータが入ってきますので、標準的な見通しと上下のリスクについて更に点検をしていきたいと考えています。


(問) 米国の経済について、もう少し詳しくお伺いします。米国経済のどのあたりが、今回不確実性が高いという結論に至るポイントだったのでしょうか。


(答) 短期的な面と少し長めの面に分けてお話します。前回決定会合以降に出た経済データをみますと、4〜6 月の米国のGDPは、前期比年率が1次推計値の2.4%から1.6%へ下方修正され、昨年10〜12 月の5.0%の伸びをピークに、減速する姿が明確になりました。雇用関連では、新規失業保険申請件数が、8月中旬に市場予想を上回る50 万人まで増加しました。また、家計支出関連では、これまでの増加を続けてきた小売売上高が、7 月は4〜6 月対比でほぼ横ばいとなったほか、住宅販売も、住宅減税の期限切れを受け減少しました。特に足許は、中古販売の減少幅が大きく、7 月は4〜6 月対比でマイナス30%を越える減少となりました。これらは短期的に下振れリスクが高まる方向の要因です。
ただ、大きな信用バブルが崩壊した後の経済の回復の姿について日本経済を例にみると、時間がかかりますし、少し良くなったといっても、それがまた後退するということを何度となく経験しました。結局、米国経済の抱えている不均衡、これは家計部門のバランスシートの問題もそうですが、この不均衡の大きさがどの程度かということについて、まだ明確にはわかっていないわけです。もちろん、事後的にはある程度わかるわけですが、そうしたことに関する不確実性がそもそもあるわけで、これは長い目でみた場合の不確実性です。
それだけに、私どもとしては、ある特定のシナリオに固執するということではなく、経済データに即して点検していく姿勢が大事だと思っています。その意味で下振れリスクにより注意するという表現を使っています。


(問) 今回の追加緩和決定に際しては、様々な影響や効果を勘案しながら判断されたものと思いますが、為替相場に対しては、今回の決定がどのような影響をもたらすと分析されたのでしょうか。


(答) 為替相場は様々な要因により変動します。金利差ももちろんその1 つですが、より大きな要因は投資家によるリスクテイクの姿勢だと思います。言い換えると、世界経済の先行きを巡る不確実性についてどう考えるかということです。私どもとしては、為替相場と金融政策の間の1対1の関係性ではなく為替相場の影響も含め日本経済が先行きどのように推移していくのかをしっかり見据えて、その上で金融緩和を行ったとご理解頂きたいと思います。


(問) ジャクソンホールでの会議出席のためのご出張から1 日予定を早めて帰国されたわけですが、総裁は臨時会合を開く必要性をいつ頃お感じになったのでしょうか。先週は、菅総理が追加緩和に期待を示されたり、為替相場が急激に動いたりしたわけですが、最終的にはどのようなご判断により、本日の臨時会合開催に至ったのか、そのタイミングをお伺いしたいと思います。


(答) 皆さんが行う重要な意思決定も、ある日突然下されるわけではないと思います。意思決定の過程では、会合開催の必要性についての認識が連続的に変化していって、同時にその判断をするために必要な材料もみていることになります。金融政策決定会合は、本来、日本銀行法に基づいて、定期的に開催し、そこでデータを点検して決定するのが大原則です。その上で、経済情勢に大きな変動があった場合には臨時会合を開催できる仕組みになっているわけです。もし、この臨時会合があまりに頻繁に開かれますと、金融市場参加者からみた場合、先行きの金融政策について安定的な期待形成が難しくなる可能性があります。市場が、毎日のように「今日決定会合が行われるかもしれない」と思う状況では、安定的な市場の価格形成が損なわれたり、市場に混乱を与えたりしてしまいます。そういう意味で、私どもとしてはできるだけ本会合の開催により政策決定を行いたいと思っています。その上で、臨時会合を開催すべき状況かどうかをその都度判断することになります。今回は、前回会合以降の米国の様々な経済指標、その後の円高の動き、株価の動きなどを総合的にみながら、徐々に臨時会合の必要性への認識が高まっていったということです。また、ジャクソンホールで海外の当局者と意見交換をし、その上で判断したいという思いもありました。結果として、今回の臨時会合開催は、私にとってはベストのタイミングであったと考えています。