茨城県牛久市の名兒耶匠さん(50)はダウン症で知的障害があるため6年前に父親と妹が判断力が十分でない人に代わって財産を管理する成年後見制度を利用して後見人となりました。
しかし、公職選挙法では後見人がつくと選挙権を失うと規定されているため、「障害者を守るはずの制度が逆に権利を奪うのはおかしい」と国を訴えていました。
判決で東京地方裁判所の定塚誠裁判長は「選挙権は憲法で保障された国民の基本的な権利で、これを奪うのは極めて例外的な場合に限られる。財産を管理する能力が十分でなくても選挙権を行使できる人はたくさんいるはずで、趣旨の違う制度を利用して一律に選挙権を制限するのは不当だ」と判断し公職選挙法の規定が憲法に違反するという判決を言い渡しました。
最後に裁判長は名兒耶さんに「どうぞ選挙権を行使して社会に参加してください。堂々と胸を張っていい人生を生きてください」と語りかけました。
成年後見制度の選挙権については全国のほかの裁判所でも同じような訴えが起きていますが、判決はこれが初めてです。
平成12年に始まった成年後見制度で後見人がついた人は最高裁判所のまとめで全国で13万6000人に上り、高齢化が進むなかで利用者は増え続けていて、判決は国に法律の見直しを迫るものとなりました。
また、父親の清吉さん(81)は「うれしかったです。
裁判長にあそこまで言ってもらえるとは思わなかった」と話していました。
「それまで選挙に行けたものが成年後見制度を利用したとたんに行けなくなるというのは明らかにおかしいと思っていた。
判決で裁判長がきちんと述べてくれたのはわが意を得た思いだ」と述べました。
主な争点は、(1)知的障害などを理由に選挙権を制限することが許されるか(2)成年後見制度を使って選挙権の有無を判断することが合理的か−の2点だった。
原告側は「憲法は選挙権を全ての成人に認めており判断能力の有無で区別していない」と主張。「成年後見制度は財産管理に主眼を置いた制度で、選挙権の行使に必要な判断能力は審査していない」としていた。
国側は「選挙の公正を確保する上でも、選挙権の行使には政策を理解し、議員を選ぶ能力が必要。判断能力を個別に審査するのは不可能で、制度を借用するのは合理性がある」と主張していた。
定塚誠裁判長は「様々な境遇にある国民が、どんな施策がされたら自分たちは幸せかなどの意見を、選挙を通じて国政に届けることこそが民主主義だ」と述べ、障害者らが選挙権を持つ意義を強調した。
公選法11条は、後見人が付いた人には選挙権がないと定めている。「財産管理ができない」と認定された人には判断能力がなく、不正投票に利用されるおそれがあるというのが理由だ。
判決は選挙権について「議会制民主主義の根幹をなすもので、一定の年齢に達した国民のすべてに平等に与えられる」と指摘。海外在住の日本人が選挙権を行使できないのは違憲と認めた05年の最高裁判決を引用し、「選挙の公正さを確保するためにやむを得ない理由がない限り、制限はできない」と述べた。
さらに、障害者の自己決定を尊重し、通常の生活をする社会を作る「ノーマライゼーション」という成年後見制度の理念を重視。同様の理念に基づいて欧米で法改正が進んでいることに触れ「選挙権を奪うことは制度の趣旨に反し、国際的な潮流にも反する」と述べた。