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コラム:異次元緩和の出口で試される「第4の矢」=河野龍太郎氏

日銀の黒田東彦新総裁は、国債購入量やマネタリーベースを2倍に拡大する政策を打ち出し、レジームチェンジ(体制転換)を印象付けた。2倍の理論的根拠は存在しないが、政治家や国民に従来とは異なる大胆な政策であると、わかりやすく伝えることを狙ったのだろう。


昨夏から米欧の中央銀行関係者の間では、量的緩和は理論的にも実証的にも効果が乏しいとの意見が増えていたが、こうした中で、日本でオールド・タイプのマネタリスト的政策が導入されたことは驚きだ。


黒田総裁は、「現時点では必要にして十分な措置を取った」と述べているが、4日の金融政策決定会合の声明文には「経済・物価情勢について上下双方向のリスク要因を点検し、必要な調整を行う」とあり、目標達成が遠のくようなことがあれば、追加緩和を実施する姿勢を示している。


株価が急上昇する一方で、世界経済の回復ペースは依然として緩慢なままであり、先行きも下振れリスクが拭えない。米連邦準備理事会(FRB)の出口政策が先延ばしされ、再び円高圧力が強まるようなことがあれば、躊躇なく追加緩和に踏み切るということなのだろう。


黒田日銀のアグレッシブなスタンスを考えると、その際、長期国債の買い入れペースは1.5倍の年率75兆円程度まで引き上げられるのだろうか。先の決定会合で決まった2倍に比べれば少ないように見えるが、白川方明前体制の時に比べれば実に3倍である。


選挙に左右される政治同様、金融市場においても近視眼的な視野で政策を評価する性質が組み込まれている。市場が満足するような政策運営を続けていくと、長い目で見た場合、お粗末な結果を招く恐れがある。ちなみに、あまり知られていないが、国債市場は日銀の大量購入によって流動性が著しく枯渇し、機能不全に陥っている。日銀が直接価格をコントロールする官製市場の様相を呈しており、一国の金融システムの根幹である国債金利の体系に大きな歪みが発生していることは、大変懸念される。


<「期待」だけでは動かない賃金>


筆者は引き続き、金融政策のみでデフレから脱却することは困難であると考えている。長期国債の買い入れは、年率で名目GDP(国内総生産)の10%を上回るペースと相当にアグレッシブであるが、こうした量的緩和ですでに極めて低い水準にある長期金利をさらに数十ベーシスポイント引き下げたところで、実体経済を刺激する効果は限られる。


量的緩和論は、マネーが十分増えればインフレ率が上がるという貨幣数量説を前提としている。シンプルな考えだが、貨幣数量説は均衡において物価とマネーが比例関係にあることを示すだけで、どのような経路で物価が均衡に向かうのか全く説明していない。マネーストックと一般物価あるいは名目GDPの関係は、ゼロ金利の下では失われている。


興味深いのは、貨幣数量説の創始者の一人であるアルフレッド・マーシャル卿が、日本のデフレと類似性の高いとされる19世紀後半の英国の大不況期の物価下落について、貨幣的要因ではなく、実物的要因にその原因を求めていた点である。新興国の台頭や輸送コストの低下、資本収益率の低下など、現代の日本でデフレの原因として掲げられる実物的要因が当時の英国でも主張されていた。マーシャル卿は、均衡概念である貨幣数量説を安易に現実経済の分析に適用することを慎んでいたわけだ。


現代版・貨幣数量説の信奉者であるリフレ派は、量的緩和を進め期待に働きかけよと主張するが、「期待」で動くのは株式や不動産、コモディティ、為替レートといった「ストック」の価格であり、最終財・サービスの価格や賃金といった「フロー」の価格は「期待」が変わっても簡単には変化しない。大胆な金融緩和は、実体経済から遊離した資産価格の上昇、つまり、バブルをもたらすだけではないか。


そもそも物価安定が重要なのは、マクロ経済の安定を図るためである。デフレ脱却のために極端な政策を追求し、バブルを引き起こせば、マクロ経済の不安定化は避けられず、本末転倒と言わざるを得ない。行き過ぎた金融緩和策の追求は終わりとし、潜在成長率を高めるべく規制緩和などの成長戦略を政府が進めるべきだ。潜在成長率が上昇すれば、資本収益率が高まり、伝統的な金融政策の有効性も復活する。これが王道だろう。


マネタイゼーションの回避に必要な第4の矢>


また、アグレッシブな金融政策が決定される一方で、その出口についてほとんど触れられていない点も気がかりだ。手仕舞いの用意のない政策は本来あり得ない。2%のインフレターゲットの存在が出口を示すと言いたいのだろうが、膨大な長期国債を抱えこむ日銀は否応なしに国債管理政策に組み込まれる。将来、インフレが上がり、物価安定の視点から引き締めが必要となっても、利上げや国債売却はかなりの困難を伴うだろう。


これは、長期金利が上昇すると、政府の利払い費が雪だるま式に増え、国の借金が発散を始めるからである。また、国債を大量に保有する金融機関は国債価格が下落すると資本が毀損し、金融システムに影響する。デフレ脱却が進めば、いずれかの段階で物価上昇を織り込んで長期金利は上昇するが、2%インフレが実現する場合、1%の均衡実質金利を前提にすると、長期金利は少なくとも3%まで上昇する。


筆者の試算では、長期金利が3%を超えると、中小企業金融機関などの経営は困難になる。1%のリスクプレミアムが上乗せされて4%となれば、地域金融機関が資本不足に陥り、金融システムの動揺が始まる。目の前の金融システム危機を避けるために、日銀は物価安定を犠牲にせざるを得なくなるだろう。この時、インフレターゲットは機能しない。


また、政府・日銀を統合したベースで考えれば、日銀が長期国債を買い進めていくということは、政府部門の民間部門に対する債務が長期国債から日銀当座預金という超短期の債務へ置き換わっていくことを意味する。つまり、政府部門の債務は短期化していくということであり、その分、国の財政は金利上昇により脆弱になっていく。言い換えると、それゆえに利上げができなくなるということである。


物価安定の観点から必要と判断される時点で、日銀が出口に向かうことができるか、すなわち国債買い入れを停止できるかは、最終的には国家財政への信認が保たれているかどうかに依存する。したがって、信頼に足る財政再建化プランを打ち出す必要がある。アベノミクス流に言えば、金融緩和、財政出動、成長戦略に次ぐ「第4の矢」だ。


その場合、「2015年度プライマリー収支赤字半減」「2020年度プライマリー収支黒字達成」といったスローガンを繰り返すだけではもはや十分ではない。公的債務膨張の最大の要因である医療や年金など社会保障制度の改革案が盛り込まれなければ、財政健全化計画は絵に描いた餅に終わる。


しかし、安倍政権では社会保障制度改革はほとんど手付かずのままだ。負担増や給付減につながる国民に不人気な政策は、なかなか打ち出せないのだろう。第4の矢として財政健全化の道筋を示すことができなければ、アベノミクスは単なるマネタイゼーションに堕(だ)すことになる。