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【正論】「己を責めて他を責めぬ」矜持を 元駐タイ大使・岡崎久彦 - MSN産経ニュース

最近、戦後世代の評論家と対談した。考え方は私と同じで、人格識見とも非難の余地のない人であったが、一つだけ違和感を抱いたのは歴史上の人物、業績に触れる際に声を大にしてその人格、政策の欠点を批判する点であった。


 戦後教育のどこかで、殊更に政治、社会の非を鳴らし、人物の欠点を糾弾しなければならないように教えているのではないか。

 戦前教育ではほとんどなかったことで、他を咎めず自らを咎めるのが戦前教育、日本の伝統教育の基本ではなかったかと思う。

己を責めて他を責めずとは、日本政治外交史上最高のリベラル政治家ともいうべき幣原喜重郎が対中外交に使った言葉である。


 日本は幕末以来、不平等条約に苦しんだ。陸奥宗光外相が条約改正交渉に成功し、5年後に治外法権を廃止、17年後に関税自主権を完全に回復した。それに明治時代のほぼ全期間を要している。


 大正の終わりごろ、幣原外相の時、今度は中国が不平等条約改正を主張した。幣原は終始、中国側の主張を支持して英米代表を説得し、国際会議開催などのイニシアチブを取ったりした。会議が開かれた時の北京市民は「100%」日本全権団に好意を示し、上海など各都市でも親日の空気が盛り上がった。列国の間では、日本が抜け掛けをして対支協調を破っているとの批判もあったという。


幣原は不平等条約撤廃のため中国の立場に立って奮闘したが、他面、中国側には自制と努力を要望している。「日本は不平等条約の辛酸を嘗(な)めたが、その撤廃を図るに当たっては、列国を責めるよりもまず己を責めた。打倒帝国主義などと叫ばずして、まず、静かに国内政治の革新に全力を挙げた。そのための先人たちの苦労は容易ならざるものがあったが、国内の近代化が達成されると、列国は快く対等条約に同意した」と。

まだ日清戦争の前である。日本は日清日露の戦勝国として国際社会で平等を勝ち得たのではない。その前に、平和的に文明国としての地位を認めてもらった。後の中国のように帝国主義反対デモなどをせず、自ら改革し白人絶対優位の世界で文明国たることを示し、平等の地位を達成したのだ。