歴史を忘れたドイツ人にギリシャを追い詰める資格はあるか|山田厚史の「世界かわら版」|ダイヤモンド・オンライン
15日までに緊縮財政を実行する法律を立法化せよ。合意の陰でドイツの強引な要求がギリシャを攻め立てた。合意を即刻法案化し、国会で審議し、可決させる。国論が割れる決定を2日で済ませとは、法治国家の常識を無視した要求だ。条件とは名ばかり、「命令」である。ギリシャ議会を軽視し、言った通りの法律を作れ、有無を言わさず呑ませろ、と言っているようなものだ。成熟した民主主義を標榜する欧州とは思えない乱暴な振る舞いである。
EUは各国対等、互いに尊重し合うことを原則としていたはずだ。だがドイツなどにはギリシャに対する抜きがたい不信がある。もはや仲間と思っていない。
債務交渉の途中で国民投票に訴えるなど言語道断という。だがティプラス政権は「緊縮財政反対」を掲げて政権を取った。過酷な要求を突き付けられ、ハイそうですか、と呑めない。国民に意思を問うのは筋の通ったやり方である。
政権に就いて5ヵ月間、金融交渉という慣れないゲームでティプラスはすでに「詰め」られていた。「ユーロに留まる」という選択をするなら、融資を引き出すしかなく、そのためには財政緊縮策を受け入れるしか選択肢はなかった。
ユーロを離脱し、借金は返さない。その道を選べば、命綱である欧州中央銀行からのユーロの供給を断たれ、銀行は倒産、国民は預金を下ろせず、暮らしは大混乱になる。その選択があるならば、交渉離脱という大芝居も可能だが、危機を軟着陸させるのには「喧嘩別れ」の選択はなかった。
ドイツでの世論調査では90%の国民が「ギリシャはユーロから離脱」を支持した。ギリシャは財政を粉飾してユーロに加盟した。そんないい加減な国を仲間にできない、と多くのドイツ人は考える。つまり「ギリシャを追い出せ」である。
ユーロを運営する資金はGDPを基準に分担する。突出した経済大国であるドイツの負担が多い。問題国を抱えればユーロの機能が損なわれ、負担をドイツが被る。そんなことは御免だ、というわけである。一見、合理的に見えるが、物事の半分しか見ていない。
メルケルはそれでもギリシャをユーロに留めるしか道はない、と考えた。
ドイツの通貨がユーロでなくマルクだったらどうだろう。強いドイツ経済を反映してマルクの為替相場はどんどん上がり、輸出の稼ぎは頭打ちになる。ユーロという共通通貨があればこそ強いドイツ製品が他国の市場を席巻しドイツ企業は利益を得られる。
域内だけではない。ギリシャなど弱い経済を合体しているからユーロの対ドル・対円相場は比較的安く保たれてきた。ドイツが貿易黒字を稼ぎ欧州でダントツの経済を誇れるのはユーロ体制のおかげだ。
応分の負担を抱えたユーロ体制はドイツの国益なのだ。ギリシャを追い出し、ユーロ体制を壊して、ドイツに得なことはない。賢明なメルケルは分かっている。だが国民は納得しない。「安易な妥協」をしたと見られると内閣支持率に影響し政権基盤を損ないかねない。
「ギリシャを追い出さない」メルケルと、「ユーロに留まる」ことを望むティプラス。結論は「融資再開」しかない。その条件を巡り会議は17時間に及んだ。
ドイツの突き付けた要求は厳しすぎる。2日以内に法律ができなければ合意は消える、というのは無条件降伏を求めるに等しい。
返せないほどの借金は、貸した側にも責任がある。金融とは返せる相手にカネを貸すのが仕事で、返せないカネを貸した銀行はそれなりの責任を負う。「貸し手責任」は国際的なルールである。
もとはといえばギリシャへの融資はドイツやフランスなどの銀行が中心だった。これらの銀行が貸し手責任を問われるのが筋だったが、EUは「公的資金による肩代わり」を決断した。リーマンショックで銀行の経営不安が問題となっていたからだ。ギリシャでさらに多額の焦げ付きが出ることに耐えられなかった。そこでEU、ECB、IMFの三者(トロイカと呼ばれる)がギリシャに緊急融資をして、民間銀行からの借金を返済させたのである。
第二次大戦がなぜ起きたのか、歴史を振り返ればギリシャの言い分に耳を傾ける余地はある。第一次大戦で敗れたドイツは莫大な賠償金を英仏など戦勝国に課された。国民は窮乏生活を強いられ、現状に対する不満が過激な主張をするナチスを政権に就けた。戦勝国に対する復讐心が再び戦火を交える導火線になった、とされている。
その反省から第二次大戦ではドイツに賠償を求めなかった。相手を追い詰めることは次の紛争の火種になることに気づいたからである。そうした新しい発想から経済を融合するEUが生まれ、共通通貨ユーロに結実した。
賠償放棄という近隣の寛大な政策がドイツ繁栄の原点でもある。
http://d.hatena.ne.jp/d1021/20150707#1436266303