一座建立(いちざこんりゅう)
六祖が尋ねます。
「甚麼の処より来たる――何処から来た」
「嵩山より来たる――ハイ、嵩山から来ました」
「甚麼物か恁麼に来たる―― 一体何がそのように来たのか」
かくして八年、ある日忽然として悟る処があり、早速に六祖に参じます。
「説似一物即不中――説いて一物に似たるも即ち中たらず」、何と説いてもそれはにせものであって、本当の処には的中しません、届きません。それは決してごまかしではありません。懐譲禅師は「物」をしっかりと把握したのですが、それはどんな言葉をもっても表現出来るものではなかったのです。ゆえに「説似一物即不中」と云うよりほかなかったのです。六祖はこの答えを聞いて、「汝徹せり」と許します。
何と云っても説明出来ない処、そこに至った人のみが知る消息なのです。何事でも「道」という以上、他人に説明しつくす事の出来ない消息はあるものです。そこには自分の努力で納得する以外、会得する方法はないのです。
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本来無一物 | 禅語を味わう || 黄檗宗 少林山達磨寺
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