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カルビーの経営における私の取り組みは、「コスト・リダクション」と「イノベーション」の2つが根幹である。これは2009年6月にカルビーの会長兼CEOに就任以来一貫して変わらない。おかげさまで就任以来、増収増益を続けてきたが、これは逆に言えば、カルビーはそれまで持てるポテンシャルを十分に発揮できていなかったからだとも言える。


 経営トップに就任するにあたり、私には2つのミッションが与えられていた。1990年代後半から延々と交渉を続けていたが合意に至っていなかったペプシコとの資本・業務提携に決着をつけること。もう一つが上場に向けた体制整備である。

「どうして、この程度の交渉に11年もかけていたのか」と思ったが、「ゆっくりと時間をかけて検討しましょう」と言っているから埒があかなかったのだろうと推測する。「世の中で一番高いものはなんだ」と言えば、それは時間だ。時間には限りがある。だから交渉では、「これはいついつまでに決める」を、最初に決めておく。合意内容の中身の問題ではない。「そういう前提で、これとこれはこうしませんか」と提案したらペプシコも承諾した。

私流に言えば、カルビーは「必要条件は十分に満たしているが、十分条件は満たされていない会社」に見えた。必要条件とは、世のため人のための会社であることだ。カルビーは、これは本当に優れている。


一方、十分条件とは儲けることだ。しかしカルビーには「本当に儲けたいという気があるのか」と思えるほど気がないように思えた。

カルビー十分条件を満たせるようになること。そのための基本方針が、冒頭に挙げた「コスト・リダクション」であり、「イノベーション」だ。

 前述したように、私が経営トップに就いてから増収増益を続けられたのは、カルビーが優れたポテンシャルを備えていたからである。皮肉屋の言い方をすれば、経営層が経営資源を生かし切れていなかったにすぎない。

カルビーの営業利益率の低さの一因は、工場の稼働率が低く固定費が高い点にあった。弱みだったと言ってもいい。カルビーは全国に15の工場を持ち、そのほとんどが大消費地の近くにある。スナック菓子は空気を運んでいるようなものなので、運賃を抑えるために必然的に編み出された工場配置だった。


 ところが、どの工場も稼働率が低い。私が経営トップに就任した時の稼働率は約6割。そんなに稼働率が低くては、売り込みに力が入らない。もっともな話だ。現在は平均すると9割を超えた。


 契約農家から買い入れた全量の馬鈴薯は、とにかく工場で商品にする。あとは売るだけである。「なにがなんでも売り尽くせ」と発破をかけた。営業担当は売る基礎力はあるから、そこそこに売ってくる。だからカルビーは増収を続けている。


 こう考えたのだ。従前のカルビーは「3次元方程式」だった。つまり購入と生産と販売のバランスに苦労していた。こんな3次元方程式を調和させることなど私にはできない。だから「1次元方程式にする。数学から算数に改めるのだ」と宣言した。


馬鈴薯は全量を買う。まずこれで終わり。買ってきたものは、とにかく商品にする。これで終わり。そしてとにかく売る。これもここで終わり。営業担当者には、「時には売りにくい商品がある。その際には値下げしてでも商品を売り切れ」、商品開発の担当者には「調達した馬鈴薯を使い尽くすぐらいの新商品を考えろ」と言い続けてきた。


 それは考えてみれば誰にでも分かる理屈だ。スーパーやコンビニの棚に1個100円で置いてあって1個も売れないでいるのと、80円にして10個売るのではどちらが商売になるか。お店は商品が動くから置いてくれるのであり、こちらが動かせれば置いてもらえるのだ。とにかく動かすための工夫を考える。それだけでいい。理屈が簡単ならば誰もが実行できる。


 当時は競合会社に比べ末端価格が随分高かった。デフレの時代にそれではいくら商品が他社に比べて良くても買ってもらえなくなっていた。製造コストを下げ、その下がった分は顧客に還元した。すると顧客はカルビーに戻ってきた。シェアが上がると生産での固定費が圧倒的に下がった。

 会社にある仕組みでよいものはよりよくし、ダメなものは使い方を止める。後者の代表例がITを活用したデータマネジメントの伝統だった。


カルビーは大変なIT先進企業で、IT投資にも積極的だった。今で言うデータマイニングにも早くから取り組んでいたが、何事も過ぎたるは及ばざるが如しで、データマネジメントをやり過ぎると使いきれないし、実際難しすぎた。と同時にデータ主義に陥り、現場感覚が薄れてしまう。


 ITやデータを否定しているのではない。そうではなく「航空機のコックピット」ではなく「クルマのダッシュボード」ぐらいのデータ管理がちょうどいい、と思うのだ。3次元方程式を1次元方程式にした途端、誰もが実行すべきことが見えてきたように、測るものが少なくなればそれだけ仕事の見通しがよくなる。


 ちょっと横道にそれるが、ジョンソン・エンド・ジョンソン(J&J)日本法人の社長時代に、ERP(Enterprise Resource Planning=経営資源の有効活用と最適化計画の策定を支援するシステム)の導入に取り組むことになった。J&J本社が熱心で、日本法人にも活用を促して70億円ぐらいのIT投資を行った。


 しかし社長である私には、ERPをありがたがる意味がまったく分からなかった。実際、分かって使っている人など1割ぐらいだろう。それなのにシステムベンダーは、「もう取り組まないと遅いですよ」と盛んに煽る。


 分からないまま仕事を変えるほど悔しいことはない。説明会に出たり、専門家にアポを取って話を聞いたり、本もたくさん読んだ。そしてある時、「あ、なるほどそういうことか」と、ある著名な経営者から学んだ。


ERPの神髄とは「ミニマイゼーション、オプティマイゼーション、マキシマイゼーションの3つなのだ」と。要するに無駄は省き、それを最適化する。その上でビジネスの最大化を目指す。本当の神髄はもっと複雑なのかもしれないが、私にとってはこの気づきで十分だった。


幕張のイオンでポテトチップスが何個売れたかなどはデータをもらえるのだからすぐに分かる。数字は、100万は100万であり、1億は1億であり、正直でうそをつかない。だから変化もきちんと姿を現す。


大事なのはここからで、データとは、なるべく少ないデータから頭を使って仮説を立てて検証するためにあるものだと思うのである。たくさんのデータがあると、仮説を立てにくくなる。


 仮説を立てたら現場で確認する。これが2つ目の重要な点だ。例えばコンビニでは、中食が人気で棚の占有率も高まっている。そのあおりでスナック菓子の棚が減っている。棚が減るのは実はカルビーにはチャンスだ。売れる商品しか置いてもらえないが、カルビーの商品はだいたい売れるから棚に占める割合もだんだん独占状態になっていく。


 その上で、ある時は8割がカルビー製品だったのに、次に行くと6割になっている。「これはおかしい」となる。それは営業の問題なのか、新商品の開発ピッチが遅いのか。何かの問題があるから棚の占有率は減っているのだ。だからこそ数字を見ることと現場を見ることが両輪になった活動ができていなければ、どんなに解析スピードの速いITを導入してもなにも意味がない。


私は毎週日曜日に3時間ほど散歩している。半分が純粋な散歩で、半分がスーパーやコンビでの定点観測だ。スーパー4軒、コンビニ6軒をじっくりと見て回っている。特にコンビニは1週間単位で売り場が変わるので、定点観測をしている効果は大きい。


 現場をじっくりと見て、数字を見て仮説を立てて検証する。この1次元方程式で十分だ。

 コスト・リダクションと同時に掲げるイノベーションのなかには、「6つの成長戦略」の一つとして「新商品開発」を掲げている。カルビーの面白いところは、化ける商品を持っていながらも燻らせたままの商品があったことだった。25年前、1991年に発売された「フルーツグラノーラ」である。


商社員時代は、アメリカ出張を繰り返し、農機具を売り歩いていた。安ホテルを転々として朝食はシリアル。「アメリカ人は、どうしてこんなまずいもので済ませられるのだ」と不思議でしようがなかった。


 ところがカルビーに入社して間もなく「フルーツグラノーラ」というシリアルがあることを知った。食べてみたら美味いではないか。どうしてこんな美味しいものが売れていないのか不思議でならなかった。ここがまたカルビーの不思議というか甘いところで、一度発売したものは休止にしないで、かといってテコ入れもせずにじっくりと持ち続けているのである。


 家族や友人に試食してもらった。朝の散歩に持っていって、公園にいる知人たちにも配った。そうしたら誰もが、「美味い」と言ってくれる。俄然、本気になった。担当者にその点を指摘すると、「外から来た素人が訳の分からないことを突然言い出した」と、まったく乗り気ではない。そこでCEO直轄にして商品を一から見直した。


 売るにはシナリオが必要だ。まず商品名を変えた。「フルーツグラノーラ」では長い。日本人はだいたい3〜4文字を好む。マクドナルドはマックだし、スターバックスはスタバだ。木村拓哉はキムタク。「ならばフルグラにすれば」と即決。


 その次は、誰に売るかである。売り場に置いてもらえれば誰にでも買ってもらえると考えるのは甘い。まずはマーケットセグメンテーションで、最終的に決めたのが「働く女性」たち。


なぜなら彼女たちが一番困っているのが「時短」だったからだ。例えば横浜市在住で働く女性たちの36%は朝食を食べない。嫌いなのではない。食べる時間がないのだ。東海道線田園都市線の沿線から通えば電車は混むし、時間もかかるので早く家を出たい。「時短をアピールしよう」と2つ目のシナリオができた。


 3つ目が「食物繊維と鉄分」。フルグラは、オーツ麦や玄米などの穀類が主原料だ。その食物繊維としての特性で便秘を防ぎ、鉄分が多いのは貧血の多い女性にもよいのではないか。


「よし、これでやってみよう」と指示を出すと同時に、流行に敏感であるが故に流行離れも早い女性の後に狙うターゲットへの対策が急務だと感じていた。そこで据えたのが50歳以上の中高年だ。キーワードは「減塩」で、「血圧上昇を抑える」だった。


 いわゆる高血圧症と認定された日本人は4000万人いるそうだ。和食は美味しいが、和風の朝食を一食摂ると塩分は4.5グラムある。しかしフルグラならば牛乳やヨーグルトと混ぜて食べても0.5グラムだ。「減塩朝食」というキャッチコピーを前面に出すことにした。


 ところが売り出すと、中高年でも実は時短が大きな購買理由であることが分かってきた。中高年も朝には、あまり時間をかけたくなかったのだ。


 次は男性、そして子どもマーケットへとフルグラを浸透させていく。2011年にフルグラと改称してから売上は急増している。16年3月期には、フルグラは前期比80億円近く売上を増やして223億円になった。定番商品としての地位を固めようとしている。私は2020年前に500億円商品になると確信している。カルビーの成長を牽引する古くて新しい商品だ。


 実はフルグラの取り組みでは、従業員に知ってもらいたいことがあった。なんでも宣伝費をかけたりすれば売れると思っている。もちろん宣伝費を使ってもかまわないが、もっと大事なことがある。


 ビジネスはお金を遣うよりも頭を使う方が絶対面白い。このことを、カルビーの従業員に理解してもらうケースとして、フルグラは実践の材料だ。

http://d.hatena.ne.jp/d1021/20170212#1486895926(スケジュール帳)
http://d.hatena.ne.jp/d1021/20170212#1486895927公文式
http://d.hatena.ne.jp/d1021/20160926#1474886938鈴木敏文