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山口真由

山口 子どもを産むか産まないか、産むとしたらどうやって産むのかについての研究で、夫婦関係や親子関係をテーマとした「家族法」に関する一分野です。実は、この分野の研究に興味を持ったことについて、私自身も不思議に思っているんです。


留学する直前までは、日本で6年ほど企業法務の弁護士をしていましたから、知的財産権やIT法務といった、今後の日本で盛んな議論がはじまりそうな分野の研究をすることになるだろうと自分では考えていましたからね。


でも、実際に家族法の授業に出てみると、日本とアメリカの家族に対する考え方があまりにも違うことに興味を持ち、それをきっかけに研究にのめり込んでいきました。

日本ではまだ認知度が低いですが、アメリカでは現代科学を駆使した「生殖補助医療」が驚くほど進んでいて、2015年には9,000億円規模に達するほどの一大産業になっています。


いくつもの精子バンクがあって、中でも大きな民間企業の一つであるカリフォルニア・クリオバンクでは、肌の色、髪の毛の色、人種、身長、体重、学歴などのあらゆる条件を指定して、精子ドナー(提供者)を探すことができるんです。「サッカーのロナウド選手に似ている人」という特殊な条件を指定することもできたりして、とにかくビックリしました。


そこでは、ドナーが自分や家族のことを書いた作文や、スタッフのドナーに対する印象を記したレポートを無料で読むことができます。さらに、特別料金を支払えば、ドナーの幼少期の写真を入手することもできます。

山口 1回の精子提供でもらえる金額は100〜200ドルで、提供の頻度は最短で3日に1度、多くは1週間に1度程度だといいます。妊活をはじめてすぐに妊娠するという保証はありませんので、これを2年くらい続けるのが原則とのことでした。


仮に週に1度だったとして、2年間続けると9,600〜1万9,200ドルというお金が、たいした労力を要せずに入ってくるのです。中でもスタンフォード大学などの有名大学がひしめている西海岸のカリフォルニアでは、ドナーの応募者がつねに殺到しているといいます。

山口 日本の「不妊治療」のように、身体的な事情で妊娠するのが難しく、さらに「匿名の男性」の精子の子を産みたいという夫婦が利用するケースの他に、レズビアンやゲイのカップル、パートナーと一緒に子育てをするのではなく、自分一人で子育てをしようと自分の意思で決めた「選択的シングルマザー」の多くが、このような精子バンクを利用して子どもを産んでいます。

山口 ハーバード・ロースクール家族法を教える教授のうち、何人かは「選択的シングルマザー」でした。私が受けた授業の担当教授であるエリザベス・バーソレッテ先生は、離婚したあとにパートナーを作らず、国際養子縁組で二人の子どもを育てた「選択的シングルマザー」でした。


バーソレッテ先生の研究テーマは養子縁組。大学教授の研究テーマというと、中立的な立場で対象となるテーマを客観的に研究するものというイメージがあるかもしれませんが、自分の生き方と研究がリンクしている教授はハーバードにたくさんいました。バーソレッテ先生の場合も、自らの経験を生かして養子研究の第一人者になったわけですね。

山口 ええ、そうです。日本の家族観から見ると、驚くほど多様な家族の形があるんですね。日本人にとっての「家族」は、血のつながった親子が基本になっています。最近、LGBTによる同性婚を認めようとする議論がはじまっていますが、「血縁」こそが家族の構成要因だとする考えが圧倒的に主流です。


ところが、ハーバード・ロースクールで私は、「家族」の形はそれだけじゃないんだということを知りました。第三者精子卵子の提供を受けたり、自分一人で子育てをすることを決めた「選択的シングルマザー」にとっては、家族を作ろうという強い「意思」が重要な要素になります。


一方、LGBTカップルの場合には、法律的な手続きを経ない事実上の「養子縁組」もありえます。その場合は、親が子を保護して育てるという「機能」が、家族を形作る要素として重視されるのです。

山口 日本人がまず、「子どもの福祉」から考えることが理由の一つでしょう。日本で「生殖補助医療」がアメリカほど進んでいないのは、精子バンクを利用して産まれた子どもが成長したとき、アイデンティティに深刻な悩みを抱えるリスクを押しつけるのは親のエゴだという考え方が根強いのです。


生まれる前の子どもは、自分の意思を表明することはできない。だからこそ、守ってあげなくてはいけないという日本の考え方は、説得力があると思います。その一方、アメリカでは家族を作ろうとする人の意思のほうが尊重されるんです。

http://d.hatena.ne.jp/d1021/20180214#1518605197