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日本屈指の桜の名所として名高い奈良県吉野山。例年4月には深刻な交通渋滞に悩まされていた。だが10年ほど前、旅行会社の主導で駐車場の整備などが行われたところ、3時間の渋滞はわずか10分ほどに改善した。

観光とは、その地域を日常生活圏としない人たちを対象とした事業である。したがって、交通対策は、観光マーケティングの必須の要素となる。


たとえば、ハワイのような離島の観光地を思い浮かべてほしい。その振興にあたっては、地域外から就航する航空機の便数が増えないことには、状況を大きく変えることは難しい。


さらに、ある一時期に集中して大量の訪問客の流入が生じる観光地においては、域内や周辺の道路で交通渋滞が深刻化しやすい。来客数の増加は望ましいことととはいえ、収容能力を超える来訪者は、観光の質を悪化させる。


延々と渋滞が続き、6時間も7時間もクルマに閉じ込められ、ようやくたどりついても昼食の予約時間には間に合わず、せかされながら食事をかき込む。景勝地を訪れたはずなのだが、目にするのは人混みばかり。のんびりとショッピングどころではない――。これでは訪問客の満足度は低下する。そしてその先に、持続的な観光産業の発展を見通すことは難しい。


さらにいえば、過度の交通渋滞の影響は、地域の住民の通勤、通学、通院、買い物などのための移動、あるいは緊急車両の通行などにもおよぶ。排ガスなどによる観光資源へのダメージも無視できない。

吉野山における交通需要マネジメントは、2005年までの第1期、2006年からの第2期、2012年以降の第3期という3つの時期にわけられる。そして交通渋滞が劇的に改善したのは、第2期においてである。


第1期の吉野山の交通需要マネジメントでは、ピーク時の山内の自動車乗り入れ規制と、山外に設けた観光駐車場からのシャトルバス運行、いわゆる「パーク&ライド」だった。費用は観光駐車場の料金でまかなっていたが、赤字続きであり、交通渋滞もさほど解消しなかった。


第2期を主導したのは、吉野山の交通問題に気づいた旅行会社のJTBである。第1期の問題点を調査によって把握し、対策が練られた。


大きな問題は、休日になると、狭い道に観光バスが殺到することだった。そこで、駐車場容量を拡大するととともに、大阪方面と名古屋方面からの車を引き込む観光駐車場を別々に設け、その先の交差点での混乱を避けるようにした。警備員配置の数と範囲も拡大し、駐車場の満車状況に応じてシャトルバスの運行状況を切り替えるなど、刻々と変わる状況を把握しながら一元的に指示する統括責任者を置くようになった。


あわせて観光バスについては駐車場利用を予約制にしたうえで、ピーク時には駐車料金に「協力金」を上乗せすることで、需要の分散化をうながした。この協力金はマイカーにも課すことにし、観光駐車場以外の民間駐車場においても同様の対応を依頼した。

事態を動かしたのは、JTBの画期的な提案である。それは、業務委託契約を「固定報酬型」から「成功報酬型」に変えるというものだった。つまり新しい交通需要マネジメントが赤字になった場合には、JTBが費用の全額を負担する。そして黒字で成功した場合は、あらかじめ定められた配分でJTBが収益を獲得するというモデルだった。


それだけではない。JTBは地元にていねいに向き合い、通行車両の規制については、住民と宿泊者についての許可証を発行したり、民間駐車場については、その満車を優先し、その後に観光駐車場への誘導を行う対応を整えた。また、不十分だった道路沿いの交通案内標示については、その設置の徹底をはかり、広報については、全国の旅行会社やマスコミへの情報提供を行ったりするなどの対策を進めていった。

こうして導入された交通需要マネジメントにより、吉野山の観桜期の交通渋滞は劇的に改善した。渋滞のピーク時には3時間ほど要していた区間を、いまでは10分ほどで通過できるようになった。また地元の人たちは、休日でも自家用車で外出できるようになった。


交通需要マネジメントは黒字となり、その利益は、吉野山の桜の植樹、トイレのリフォーム、歩行者道路の修繕、清掃スタッフの配置などにあてられた。


続く第3期には、第2期の交通需要マネジメントの骨格を引き継ぎながら、業務委託先の変更が行われた。JTBではない別の旅行会社に変更され、報酬制度の見直しと、運営の簡素化が進められた。その結果を振り返ると、交通渋滞の大きな悪化は起きていないが、収支は再び赤字化している。