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月4日「身心の学」

上州厩橋候酒井忠擧は学を好み、一日三輪希賢(執齋)や老臣の大澤勘太夫と講書の座で、請わるるまゝに朱子の大学章句序を講じ、
「聡明睿智」について、聡は耳にて聞き誤らぬこと、明は目にて見誤らぬこと、睿は心のさとくて暗からぬことであると云うと、
途端に勘太夫が無遠慮に、そんな文字のせんさくは誰でもできます。殿御自身御目に見そこない、御耳に聴そこないがございませんか。そこらの義をお聞かせいただきたいとつっこんだので、
候は一言もなく、大いに啓蒙を感謝した(酒井忠正夜話)。
これが活学であり、陽明所謂身心の学である。

本当の明徳は玄徳に根ざしたものである」

老子や黄老派は徳のことを玄徳と言う。
徳とは万物を包容し育成する力であります。
それは無限であるというので玄徳と言うのであります。
これを儒家の方では明徳と言う。
玄徳が外に発揚したもの、つまり無から有に出たものが明であります。

われわれの明徳が玄徳に根ざしておれば良い。
これが本当の明徳であります。
論語老子・禅)

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