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4月13日「道の親」

師友は我々にとって第二次の父母兄弟である。骨肉の親に対して言えば道の親である。
そは我々の疲れ病む心意に尽きせぬ力と光を与え、疑いと悩みとの他ない人生に、意味と悦楽とを恵む者である。
よい師友を得る時、我々はちょうど塵埃と喧騒と濁気との都会を去って深山幽谷に入るように、覚えず清新な気を深く呼吸し、身心はふたたび健やかに蘇る。
そして、おのずからなる英霊の雰囲気が我々を踔厲風発(たくれいふうはつ)せしめ、ともすれば絶望しようとした人生に、また霊活な気分で面接させ、萎えんとした双脚に堂々と四股踏み鳴らさせるのである。

「尋常日用の工夫に徹するのが大修業」

偉大な修業などというと、
どんな奇抜な人間離れしたことを
することかなどと思う間は、
まだ何もわかって居らぬのである。
尋常日用の工夫に徹するのが
大修業なのである。
大いに悟りを開こうと思って、
先ず仏という偉大な昔の秘儀を
つかもうとあせって居る僧に、
趙州和尚(唐末の名禅僧)は答えた。
―朝食は食ったか。
―はい、いただきました。
―食器をよくかたづけなさい。と。
(百朝集)

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