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数年以内に危機のおそれ、構造改革の先送りは限界に――伊藤元重・東京大学大学院経済学研究科教授《デフレ完全解明・インタビュー第6回(全12回)》

──日本経済停滞の原因とデフレとの関係をどのように見ますか。


 日本のバブルが崩壊した1992年ぐらいから需給ギャップが生じ、20年近く需要不足の状態だ。これが物価下落につながっている。循環的な要因とか、マクロ政策の問題というよりは、構造的な要因のほうが大きいだろう。したがって、解決策としても、ある程度痛みを伴う構造改革を受け入れなければならない。


 構造的な要因とは、まず、人口減少と高齢化する日本経済に、高度経済成長時代にできた仕組みが合わなくなっている。次に、グローバル経済の非常に早い展開に対しても、日本の経済システムは対応できなくなっていることが挙げられる。


 具体的に不適応なのは、第一に財政システム。年金・医療といった社会保障に不安を抱えており、家計が支出に消極的な理由の一つになっている。第二に終身雇用、年功序列といった雇用システム。時代に合っておらず、過剰雇用を抱えているし、グローバルに通用する人材が限られている。


 戦後高度成長期に成功してきたモデルがすべて合わなくなっているが、社会全体としても、企業も政府も、激しい変化や改革を嫌って、旧来の仕組みを守ろうとして、問題を先送りしてきた。典型が日本航空で、退職者に高額の年金を払い、現役世代は改革を先延ばしして政府に支援を求め、最終的にどうにもならなくなって、破綻した。

──金融政策でデフレを止めるというのは解決策にはなりませんか。


 金融政策にまったく責任がないとはいえず、2000年に日本銀行が拙速にゼロ金利を解除した点には認識の甘さがあった。どういう金融環境にしていくのかというメッセージは期待形成の意味で重要で、明示的なインフレ目標は望ましい。ただそれだけで効果があるとは思わない。金融市場が正常に機能しているときには、オーバーナイト金利を動かせば、金融の長期短期、国債社債、あるいは不動産といった資産の間でアービトラージが働いて、全体が動いた。今はそういう状態ではない。


 必要な金融政策はやるべきだが、それだけでは解決しない。物価というのは、経済実態の結果で、人間の体でいえば体温みたいなもの。金融政策に過度な期待感を持つのは、「42度のお風呂に1時間入っていたら、体温が上がったからそれでよい」というようなもので、非常に危ない議論。体温を下げた原因のウイルスを根絶しないと意味がない。

──潜在成長率を引き上げるにはどうすればいいのでしょうか。


 ロバート・ソローが経済成長の説明要因として労働や資本の増加よりも、TFP(全要素生産性が重要だと指摘した。TFPとは何かというと、二つあって、技術革新と産業構造の変化。グローバル化することで日本は生産性を上げるチャンスがある。たとえば、ユニクロはフリースを、マーケティングは日本でやって、素材は東レとの提携でクオリティを上げて、縫製を中国でやることで大量生産した。外に出した付加価値は2割しかなく、8割は国内にあり、しかも利益を上げている。こういう企業が増えてくれば、TFPを上げるということになる。


 それと、女性の労働参加率が日本はまだ低い。そのうえ、キャリアを志向しにくい状況にある。よくM字型というが、出産・育児で女性の就業率が下がるのは、日本と韓国だけという。保育園が未整備で待機児童の解消が遅れているとか、米国の女性がやっているように、外国人のメードさんを雇えないとか、そういう政策の失敗を改めて、女性が働く機会を提供できれば、成長率が上がる可能性が出てくる。育児も介護もインフラがボロボロで、キャリアをあきらめている女性が多い。フィリピンやインドネシアの労働者を入れたくないというのは、業界のエゴだ。


 IT(情報通信技術)の活用も有効。医療はITを活用すれば、効率的にサービスを強化できるだろう。

──供給過剰の解消と需要を上げていく効果とがあるのでしょうか。


 その二つは連動する部分が多い。たとえば、羽田で国際線を使えるようにするのは供給政策だが、結果的に、便利になって海外旅行の需要が増える。過剰供給になっている旧来型の製造業や小売業や住宅産業から人やリソースを介護、医療、環境関連に移せば、需要が喚起される。