「書は、筆が紙に触れた時点で終わり。その瞬間の勢い、強さがすべてを決める。時代劇の殺陣と同じ、潔さと刹那的な感覚が、自分の性格にぴたりと合いました」
いい作品が書けるのは、無心になれたとき。「ここで筆を回して、墨をかすれさせて……」と考えているうちは、作品も作為的でつまらない。何十枚も書き、ふと我に返って、「こんなの書いた?」という時が一番いい。「演技も同じ。我を忘れて役に入り込んだとき、膨らみのある人物像が現れます」
無駄をそぎ落としたシンプルな表現こそが人の心に響くことも、書から学んだ。感情を押し出さず、あえて表現しないことで、内面が強調される。そんな「引く演技」に深みが生まれた。
60歳を目前にして、原因不明の体調不良に悩まされた。薬を飲んでもめまいが治まらず、点滴を打って仕事をした。40年以上働いてきて、「そろそろ仕事を抑えて楽をしたい」と考え始めたら、急に具合が悪くなった。
救ってくれたのは、2人の芸術家との出会いだ。フレスコ技法で壁画を描く洋画家の絹谷幸二さんと、ガラス工芸家の黒木国昭さん。同年代の2人のエネルギーに満ちた作品と創作への情熱に触れ、「負けていられない」と思ったら、すぐに回復した。「芸術の持つ力はすごい」。その確信は書と出会って一層強まった。