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Twitter / tokunagamichio: これからの、1)〜9)の連続ツィートは日本の政治の分岐点とな

これからの、1)〜9)の連続ツィートは日本の政治の分岐点となった、菅直人小沢一郎民主党代表選と、小沢一郎強制起訴、党員資格停止処分をふり返っての霞が関官僚とメディアの陰謀論です。
(信じる、信じないは貴方の自由です)

Twitter / tokunagamichio: 1)2010年8月、民主党代表選前「オレの首を差し出して収ま

1)2010年8月、民主党代表選前「オレの首を差し出して収まるならば、いつでも辞めてやる」と弱気を漏らしていた仙谷が、1日足らずで何故か「代表選には小沢さんご自身が出馬されればいいんじゃないですか。それが一番争点がはっきりする。」と急に強気に凶変した。

Twitter / tokunagamichio: 2)この仙谷の凶変理由は、検察審査会の小沢強制起訴議決を前も

2)この仙谷の凶変理由は、検察審査会の小沢強制起訴議決を前もって知り得たからだ。仙谷が言った「争点がはっきりする」とは「政治とカネ」が争点なるということだった。
代表選の告示前の2010年8月30日、鳩山氏に挙党体制を説得された菅直人は“深夜の涙の記者会見”で…

Twitter / tokunagamichio: 3)一旦は挙党体制を了解した菅直人だったが、そのわずか数時間

3)一旦は挙党体制を了解した菅直人だったが、そのわずか数時間後の朝には菅直人も態度が狂変。それは仙谷が「検察審査会の裏工作をしている、小沢一郎は“政治とカネ”で潰す事ができる、恐れる必要はない、俺たちが応援する」と菅を説得したためと考えられる。

Twitter / tokunagamichio: 4)その後の代表選日までの流れはメディアと菅陣営(仙谷)が打

4)その後の代表選日までの流れはメディアと菅陣営(仙谷)が打ち合せでもしたかのような見事な連携で、猛烈な小沢叩きが続いた。しかも、2010年9月14日の小沢一郎菅直人の雌雄を決する民主党代表選挙の“当日”に、検察審査会に「小沢強制起訴議決」させるという念の入れようだった。

Twitter / tokunagamichio: 5)民主党代表選と検審会の議決日が同じ日という奇妙な一致は、

5)民主党代表選と検審会の議決日が同じ日という奇妙な一致は、代表選で何としても菅直人に勝たせるための官僚と仙谷の工作で、小沢強制起訴情報を民主党議員に流し、票が小沢に流れないように仕組んだ。検審会の小沢強制起訴が公に告知され国民に知らされたのはそれからなんと2週間も後だった。

Twitter / tokunagamichio: 6)小沢一郎の疑惑を審査している東京第五検審会が次の決議を出

6)小沢一郎の疑惑を審査している東京第五検審会が次の決議を出すのは10月以降とされ、メディアもさかんにそのように報道していたが、代表選期間中に「強制起訴議決」を出る公算が大きいという情報をしきりにリークしていたのは仙谷だった。この時すでに仙谷は強制起訴の確定を知っていたわけで…。

Twitter / tokunagamichio: 7)2011年2月3日、弁護士出身であるはずの仙谷は小沢一郎

7)2011年2月3日、弁護士出身であるはずの仙谷は小沢一郎処分について「裁判の実務上、(被告人に)違いはない」と党臨時役員会で発言し、検察審査会の議決による強制起訴と検察当局の起訴とは重みが違うと主張する小沢派議員に反論し、小沢一郎党員資格停止処分を推進した。

Twitter / tokunagamichio: 8)そして2011年2月24日に決定した小沢一郎の党員資格停

8)そして2011年2月24日に決定した小沢一郎党員資格停止処分は、当時の民主党倫理委員会渡部恒三委員長が強行し、それを岡田幹事長や仙谷らが常任幹事会のメンバーを、わざわざ反小沢に差し替えて無理強いした処分だった。 菅直人政権は官僚と仙谷が仕組んだインチキ政権だったと言える。

Twitter / tokunagamichio: 9)メディアこそはこの陰謀の片棒を担いだ確信犯だった。 小沢

9)メディアこそはこの陰謀の片棒を担いだ確信犯だった。 小沢一郎が作った民主党政権は小沢を潰す為の権力へと凶変した。七奉行と官僚とメディアのこの暴挙が日本政治の分岐点となった。とにかく民主党政権は何でもありの異常な政権だった。
民主主義とは権力者による陰謀との戦いだと思う。

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