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Hemmi Tatsuo

スティングの父も、そして祖父も造船所に働く人びとだったという。生まれ故郷から遁れたい。父や祖父とは異なる運命を行きたい。そう願っていた8歳の少年スティングはある日ギターを手に入れる。そしてその後のミュージシャンとしての夢。世界的成功。http://www.ted.com/talks/sting_how_i_started_writing_songs_again?language=ja#t-921584

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「ところがある日、まったく曲が浮かばなくなってしまった」とスティングはいう。「自分は神が見捨てるほどの、どんな冒瀆をしたのか」と。歌を作るとは、ファウストが悪魔と取引したようなものだ、とかれは続ける。人びとを喜ばすためには、自分の内面をさらけ出さねばならない。

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あるいは自分は自分の内面のすべてを歌い尽くしたのかもしれない、と。だが、とスティングは気づく。自分の作った歌のうちで、最もできの佳かったもの、それは自分自身の物語ではなかった。「自分のエゴから離れて、他の人びとの物語を、声をもたない誰かのことを、その人の視点に

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立って歌ったときに生まれたのではないか?」では何を歌えばいいのか?「皮肉なことに」とかれはいう。「かつて必死になって逃げ出した場所、自ら亡命者として見捨てた故郷」へと「私を捨てた歌の女神を捜し求めに帰らねばならなくなったのです」と。

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かつて故郷の港で誇らしげに働いた男女の共同体――コミュニティ――は、80年代サッチャーイズムによる構造改革の嵐によって窒息され、解体し、その息をひきとっていった。「私が信じているのは」、大きく一つ息を吸ってスティングは語りだす。「抽象的な経済学理論で、コミュニティの必要性や、

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その経済的貢献を否定する者は、近視眼的で残酷で、指示され得ないということです」。抵抗への記憶。「真実は、ロックスターも、造船所の溶接工も、アマゾンの上流に住む先住民の男も、イギリスの女王も、同じ運命を生きるということです」

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"The Last Ship" http://bit.ly/13XZ1qM  最後の連における「父」と「息子」の形象に立ちどまる。「地の国」に対する「神の国」の原則的区別がここでもまた政治的抵抗へと重ね合わされていく。