「決して大企業を敵視していない」共産党・志位委員長に聞く 日本共産党中央委員会幹部会委員長・衆議院議員 志位和夫氏インタビュー|『週刊ダイヤモンド』特別レポート|ダイヤモンド・オンライン
本インタビューは、選挙前の6月6日に行われました
――過去の日本共産党には、「大企業を敵視してきた」という印象があります。ところが、近年では「大企業とは共存する」という方針を掲げています。共存するとはどういう意味ですか。
まず私たちは、決して大企業を敵視していませんし、ましてや潰れてもよいと考えているのではありません。そうではない。
端的に言えば、こうなります。「今日の経済社会の中で大企業が果たしている役割は非常に大きい。ですから、大企業には持っている力に見合うだけの社会的な責任を果たしてほしい」ということなのです。
――しかしながら、日本の社会には、今も“共産党アレルギー”のようなものがあります。日本共産党の歴史を調べると、1955年に武装闘争路線を放棄してからは、「選挙による議席の獲得を通じて社会を改革する」というソフト路線に転じています。その一方で、約40年間トップの座にあった宮本顕治さんが執筆した『日本革命の展望』(68年)には、マルクス=レーニン主義に立脚する暴力革命を論じた“敵の出方論”が出てきます。
いや。かつて、日本共産党が“敵の出方論”と言っていた時代の考え方は、武力闘争に訴えて暴力革命を起こすということではない。むしろ、反対です。
要するに、国民の多数の支持を経て社会の改革を進めるという方針であっても、アメリカ帝国主義とそれに従属する日本独占資本などの敵がクーデターを仕掛けたり、不法な手段で襲ってきたりした場合には私たちが進める平和的な改革路線が阻まれる可能性があり得る。そうした事態に備えて準備をしておくという意味なのです。武装蜂起して革命を起こしたいのではありません。
――ところで、最もベーシックな点をお聞きします。1991年冬に旧ソ連が崩壊したことにより、世間では「共産主義という考え方は終わっているのではないか」と見ている人が多いのではないかと思います。例えば今日でも、共産主義を標榜している国で、経済的に成功しているところはありません。
まず、これまで私たちは「ソビエト連邦は社会主義でも共産主義でもない」と強く発言してきました。私たちとは、まったく異なる存在です。
日本共産党は、旧ソ連がつぶれてから批判を始めたわけではないことを知ってほしい。すでに60年代前半の時点で、「日本共産党はソ連の言いなりになれ」と言われていました。しかしながら、自主独立を尊ぶ私たちと旧ソ連は大論争を続けてきました。しかもソ連は、日本共産党に手先(スパイ)を送り込み、指導部を内部から壊そうとしました。68年には、ソ連が率いるワルシャワ条約機構軍がチェコスロバキアに侵攻します。いわゆる「プラハの春」ですね。
旧ソ連との関係が決定的に悪化したのは、79年のアフガニスタンへの侵攻でした。「もう許せん。社会主義国の顔をして、他国を侵略するとは何事か!」と激怒しました。ですから、91年に旧ソ連が崩壊した際は、日本共産党は「諸手を挙げて歓迎する」という声明を出したほどです。旧ソ連のような民主主義がまったくない、野蛮な体制ではなく、「私たちが日本で未来社会をつくるのだ」という思いでしたね。ちょうど、私が書記局長になって間もなくの頃でした。
――とはいえ、日本共産党は、1922年にコミンテルン(旧ソ連が主導した世界同時革命を目指す共産主義政党による国際組織)の日本支部として立ち上がりました。言うなれば、日本共産党にとって旧ソ連は“親のような筋”に当たります。志位さんも、心中は辛かったのではないですか。
親ではない(笑)。旧ソ連が崩壊して、もう25年が経ちます。旧ソ連が消滅したことで、「これで邪魔者がいなくなった」と清々した気持ちになりました。
米ソによる冷戦構造の枠組みから抜け出した世界の国々は、本気で自分たちの行く末について考えることができるようになりました。それまでは、どちらかの陣営に属していたわけですが、縛りがなくなったのです。そういう意味では、日本はいつまでも「アメリカの言いなり」になっていてはいけません。
――旧ソ連とは異なる未来社会の実現を目指し、資本主義の枠内で民主的改革を進めるのであれば、日本共産党という党名を変える必要があるのでは。
ありません。変える必要がないのは、日本共産党という党名ほど“理念”が込められたものはないからです。何かと矛盾が多い現在のルールなき資本主義の先には、次なる発展の段階としての「社会主義」(生産手段の私有を廃止して労働の平等・搾取の禁止によって個人の平等や発展を図ろうとする)があり、さらには「共産主義」(生産手段の公有のみに止まらず、私有財産をも廃止することによって完全な平等を達成しようとする)があると考えます。
先ほど、新自由主義的な考え方の問題について指摘しました。新自由主義的な規制緩和を推進する人たちは、意図して「分断」を作り出しています。例えば、正規雇用者と非正規雇用者を分断させ、両者を対立構造の中で反目させたほうが都合がよいからです。この罠にひっかかっている間は、いつまでも問題が解決できません。同じことは、沖縄問題や原発問題についても言えます。
そこで、現役世代のビジネスパーソンには、身の回りでの“連帯”、すなわち社会的連帯について、少し考えてみてほしいですね。例えば、正規雇用者が、立場の弱い非正規雇用者と連帯して、「自分たちの問題」として捉えて改善活動を始めれば、職場の環境をよりよくすることだってできるはずです。