https://d1021.hatenadiary.com
http://d1021.hatenablog.com


きょうの式典に出席できず、とても残念に思いますが、気持ちのうえでは皆さんと一緒にいます。このような名誉ある賞を受賞し、大変光栄に思っています。ノーベル文学賞の受賞なんて考えたこともありませんでした。


私は幼いときから読書に親しみ、パール・バックアルベール・カミュアーネスト・ヘミングウェイなど、文学の巨匠たちにいつも大きな感銘を受けてきました。こうした巨匠たちに私の名前が連なるなんて、本当に言葉もありません。彼ら自身が受賞に値すると思っていたのかどうかは私にはわかりませんが、本や詩、演劇を書く人たちはみな、心のうちに秘められた夢を抱いているはずです。


もし、誰かが私に文学賞を受賞する可能性があると伝えたとしても、受賞の確率は、私が月面に立つのと同じくらいありえないことだと思ったことでしょう。受賞という驚きのニュースを知り、それを受け止めるのにしばらく時間が必要でした。


そのあと、頭に浮かんだのは、ウィリアム・シェイクスピアのことです。彼は自分のことを劇作家と捉えていたと思いますが、文学を執筆しているとは考えていなかったでしょう。


彼の言葉は読まれるためではなく、舞台の上で語られるためのものです。彼が「ハムレット」を執筆しているとき、「どの俳優が適役か」といった創造性の探究や「財政は大丈夫か」といった世俗的な事柄は考えていたでしょう。しかし、「これは文学なのか」なんて問いは、頭の中に浮かばなかったはずです。


私が10代のころに歌を作りはじめ、さらにある程度の名声を得るようになってからも、私の野望はたいしたものではありませんでした。せいぜい、レコードを出して、自分の歌がラジオで流れるのが自分にとっての大きな夢だったといえるでしょう。そして、長きにわたって私は、自分がやりたいと思ってきたことをやり続け、これまでに多くのレコードを出し、世界中でたくさんのコンサートをしてきました。


ただ、私の行動のすべての中心にあったのは常に「歌」でした。私の歌が多様な文化を通じて、多くの人の中に居場所を見つけたことは非常にうれしく思っています。


私もシェイクスピアのように、創造性の探究と世俗的な事柄で頭がいっぱいになり、「この歌を歌うのに最適なミュージシャンは誰だろうか」などと考えています。


400年たっても変わらないものもあるのです。私も「自分の歌が文学だろうか」などと自分に問いかけたことは今までありませんでした。ですから、選考委員会がこの問いを検討してくれたこと、そして、その結果、このような賞をくださったことに感謝します。

#只管活字を読み漁ってくっちゃべる派#実学