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しかし、そのメドベージェフ氏、このところ国民の評判は芳しくありません。というのも、おととし、年金生活者が年金の引き上げを求めて詰め寄った時に「金はない。がんばって」と発言。さらに若い教師が「給与が低い」と不満を漏らした時には「金を稼ぎたいならビジネスをやったほうがよい」と説教。こうしたメドベージェフ氏の発言はすぐに動画サイトなどで拡散し、国民の反発を招きました。


しかし、こうした批判の矛先はメドベージェフ首相止まりで、プーチン大統領に及ぶことはほとんどありません。ロシアでは「国民の不満のガス抜きのため、メドベージェフ氏がわざと嫌われ役を買っているのではないか」という見方さえ出ています。

ロシアでは「ロシアの歴史は外国による侵略の歴史」という歴史認識が一般的で、13世紀に始まったモンゴルによる支配「タタールのくびき」や、19世紀のナポレオン遠征、さらに20世紀のナチス・ドイツの侵攻が「脅威」として人々の記憶に深く刻まれています。


プーチン氏は、こうした国民の歴史認識を巧みに利用してきました。2011年に始まった中東の民主化運動「アラブの春」や、2014年にウクライナでロシア寄りの政権が崩壊した政変について「欧米が後ろで糸を引いた結果」と強調。「ロシアにも欧米の脅威が迫っている」と繰り返し主張してきました。


このためウクライナの政変は、ロシアが海軍の拠点を置くクリミアの併合を正当化する際の格好の材料となりました。2014年の世論調査では「ロシアにとっての脅威はどこに潜んでいるか」という質問に対し、「外国」と答えた人が77%に達し、「国内」を逆転。2014年1月に65%だったプーチン大統領の支持率は、クリミア併合後の5月には83%まで跳ね上がり、人気を確固たるものにしました。


高い支持率を追い風にプーチン大統領は2015年9月、アサド政権を支援するためシリア空爆に踏み切ります。欧米が支援する反政府勢力に押されていたアサド政権は、一転して圧倒的な優位を確保しました。欧米との制裁合戦が続く中、プーチン氏はロシア国民にとって、外国の脅威に対抗する象徴のような特別な存在となっているのです。

プーチン大統領の人気の背景には、ほかの国家機関や社会組織に対するロシア国民の不信感も挙げられます。ロシア科学アカデミー社会学研究所が4年前から行っている世論調査で、国民に何を信用するか尋ねたところ、「政党」と答えた人が12〜18%、「裁判制度」が22〜26%、「警察」が28〜35%といずれも極めて低い数字にとどまりました。
実際、ロシアの人たちは、ふだん接する国の機関や組織について「役に立たない」とか「あてにならない」といった不満を頻繁に漏らしています。


これに対し、「大統領」を信用すると答えた人は67〜78%と高い数字を維持しているのです。調査を行ったペトゥホフ教授は「ロシアでは国家機関や社会組織があまりにも頼りないので、プーチン氏にすがるしかない。プーチン氏がいなくなれば、パニックになるだろう」と指摘しています。

そして、プーチン氏を国民に印象づけるツールとして大きな役割を果たしているのがテレビです。政権の影響下にあるロシアのテレビ局は、プーチン大統領が政府の閣僚や国営企業のトップにてきぱきと指示を出す姿や、時には厳しい表情で叱りつける様子を連日伝えています。


去年、恒例の国民とのテレビ対話の中で、地方の女性が「劣悪な住宅環境に暮らしている」と不満を訴えたところ、プーチン氏は地方政府のトップとこの女性のもとを訪れ、住宅整備を進めると約束し、さらに人気の保養地ソチへの旅行もプレゼントしました。

プーチン氏は時代の要請にあわせてスピーチでの表現方法を巧みに変えることでさまざまな指導者像を作り出している」。そう指摘するのがアメリカ・フロリダ大学のマイケル・ゴーハン教授です。ロシアの文化や政治に詳しいゴーハン氏は、プーチン氏は「高級官僚」「実行家」「シロビキ(軍・治安機関の職員や出身者)」「田舎の男性」「愛国主義者」の5つの顔をあわせ持ち、状況に応じてこれらのキャラクターを演じ分けていると言います。

プーチン氏はこうした“技”をどこで身につけたのでしょうか。その源流は、ソビエト時代に諜報機関KGB(国家保安委員会)の工作員を務めた経験にあるという見方があります。


大学で法学を修めたプーチン氏は1975年にKGBに入り、海外で情報収集にあたる外国諜報部というエリート部署に配属されました。そこで“スパイ”に必要な技術を身につけるための研修を受けたのち、1985年に当時の東ドイツドレスデンに赴任しました。


大統領になったプーチン氏は、KGBに身を置いたことで何か役に立ったことがあるかと記者から尋ねられた際、「対話の能力や人との関係作りだ」と答えたことがあります。また周囲に「私は人間関係の専門家」と漏らしたこともあるといいます。プーチン氏が国民の前で5種類の人間像を演じ分けていることも、相手、すなわち国民の歓心を買うための人間関係作りの一環と見れば納得もいきます。