まぐろ漬け丼とおそば(盛り)
駅ビルの魚屋で握りずしを買ってきたそうだ。
食後の林檎は今日は「ふじ」。
作詞家 喜多條忠さん死去 「神田川」などのヒット曲手がける #nhk_news https://t.co/Ms27sFqlsr
— NHKニュース (@nhk_news) November 30, 2021
かぐや姫の「神田川」やキャンディーズの「やさしい悪魔」など、多くのヒット曲の作詞を手がけた喜多條忠さんが11月22日、肺がんのため亡くなりました。74歳でした。
喜多條さんは大阪府出身で、みずからの学生時代の体験をもとに作詞をして、フォークグループ、かぐや姫が歌った「神田川」が大ヒットして話題となりました。
ほかにも、キャンディーズの「やさしい悪魔」、五木ひろしさんの「凍て鶴」など多くのヒット曲の作詞を手がけました。
また、2014年から去年まで日本作詩家協会の会長を務めるなど、音楽業界の権利を守る活動にも力を入れてきました。
日本作詩家協会によりますと、喜多條さんは11月22日、肺がんのため、神奈川県内の自宅で亡くなったということです。
74歳でした。
南から作詞を依頼された喜多條は当時25歳で、早大を中退したのち放送作家として売り出し中だった。彼はタクシーで早稲田通りの小滝橋を通りがかった時、神田川の河川整備をする都庁職員を目にし、19歳の時に1年間だけ早大生の髪の長い女学生と三畳一間のアパートで同棲した日々を思い出した。窓から汚い神田川と大正製薬の煙突が見えるアパートだった。そしてその「青春時代を総括するつもりで」、約30分で一気に詞を書き上げた。さっそく南に電話をかけて詞を読み上げると、南はそれを折りこみチラシに書き留めながら、即興で思い浮かんだメロディを口ずさんでいった。詞を書きながらメロディが湧いてくるのは南も初めての体験で、電話を切った3分後にはもう曲が完成していた。
1970年代の若者文化を象徴する作品のひとつに数えられており、中野区内の末広橋近くの公園には「神田川」の歌碑が建てられている。なお、実際の歌の舞台はもっと下流の戸田平橋付近で、喜多条が住んでいた「三畳一間の小さな下宿」は豊島区高田3丁目7-17に所在した「千登世旅館」(2008年廃業)の隣にあったといわれる。
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