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「厚底シューズ」はカーボンファイバー製のプレートが埋め込まれるなど反発力の高さが特徴のシューズです。

2017年にナイキが市販して以降、国内のメーカーも含めて開発競争が激化していて、国内外の多くのトップ選手が使用し相次いで好記録をマークしてきました。

この「厚底シューズ」について、早稲田大学スポーツ科学学術院の鳥居俊教授の研究室が、去年5月から10月にかけて高校から実業団までの全国レベルの長距離選手にアンケート調査をしました。

その結果、厚底シューズを使った経験のある男子選手408人のうち、「シューズを使った期間に股関節を故障した」という回答がシューズを使っていなかった時と比べて、21件、実に2.3倍に増えていたことがわかりました。

ことしの箱根駅伝では、主力選手が股関節に近い「仙骨」と呼ばれる部分を疲労骨折するなどして、戦力が整わないチームがあった一方で、厚底シューズに適した筋力トレーニングを去年春から取り入れていた青山学院大学は、大会新記録のタイムで総合優勝を果たしました。

高い反発力があり、好記録が出る一因となっている「厚底シューズ」の登場から4年あまり、トレーニングのあり方が大きく変わろうとしています。

「厚底シューズ」が好記録を生む要因は何か。

1つは、高い反発力によるフォームの矯正です。
陸上の長距離に強いケニアエチオピアなどの選手は▽体がやや前に傾き、▽後ろに蹴り上げる足は、尻につきそうなほどの力強さがあります。

こうした蹴り上げる動きは厚底シューズの反発力で補われることになり、フォームがケニアエチオピアなどの選手と近くなったことで、全体のタイムが一気に縮まったと見られています。
好記録を生むもう1つの要因が、厚底シューズの反発力を使ってより負荷の高いトレーニングが可能となったことです。

これまでの設定より速いペースで練習が可能になったことで、選手たちのタイムに対する心理的な壁を取り払う効果もあったと見られます。

一方、ここ数年で厚底シューズを使用した結果、特定の部位の故障につながっているとみられることが、大学の研究室の調査でわかってきました。
スポーツ医学に詳しい、早稲田大学スポーツ科学学術院の教授で医師の鳥居俊さんは、アスリートを診察する中で、10年前や20年前と比べて股関節の周辺の故障が増えていると感じていました。

去年、研究室で行ったアンケートで印象を裏付けるデータが出てきました。これまでのシューズでは着地の衝撃を吸収していたのはひざより下の部分で、すねのあたりが炎症を起こす「シンスプリント」という症状がランナーを悩ませてきました。

ところが厚底シューズで走るスピードが上がってくるに連れて足への衝撃が大きくなったため、鳥居教授は足の上の部分の股関節の付近まで衝撃がきていると見ています。
鳥居教授
「シューズの効果で疲れたときでも走れてしまうので、フォームが乱れて股関節に衝撃が伝わりやすくなった状態でも走れてしまう。その結果、けがが発生するのではないか。きちんと履きこなせる体でないと防御できない」

そのうえで筋肉が十分についていない中学生や高校生などが使用することについては「若い選手の方が筋肉の量も少なく骨密度も低い。筋肉が疲れていない状態で使うなど、よりよい使い方を考えるべきだ」と指摘しています。

ことしの箱根駅伝で大会新記録のタイムで総合優勝した青山学院大学は「故障する部位が変わってきた」として、去年春から厚底シューズに対応したトレーニングを取り入れてきました。
それが外側の筋肉を鍛える“アウタートレーニング”です。
2015年に初めて箱根駅伝で総合優勝を果たした青山学院大学は、体の内側の筋肉インナーマッスルを鍛えて体幹を安定させるトレーニング“青トレ”と呼ばれる方法で強豪校となりました。

自分の体重で負荷をかけながら行う“青トレ”と異なり、新たに取り入れた“アウタートレーニング”はバーベルなどの器具を使って主に下半身の筋肉を鍛えます。

2014年から青山学院大学のフィジカルトレーナーを務める中野ジェームズ修一さんは、長距離選手が通常は使用しない重さ30キロから50キロほどのバーベルを使ったスクワットなどのメニューを考案しました。

中野さん
「厚底シューズは腰の位置が高いところから着地をするので、股関節の周辺がぐらつかないよう、太ももの前側の『大たい四頭筋』とお尻の『でん筋』で支える必要がある」

失敗するリスクもありましたが、青山学院大学の原晋監督は「餅は餅屋だ」として筋肉のことにより詳しいトレーナーの意見を取り入れたということです。

原監督
「厚底シューズはフォームの矯正が自然とできる『魔法』のシューズだ。一方でけがのリスクもある。今はトレーニングの手法であったり、補強運動やケアのしかただったり、過渡期を迎えていると思う。その時代に即した指導スタイルをしていくため、指導者の思考も変わっていかなければいけない」

2017年に厚底シューズが市販されて以降、マラソンや駅伝などのタイムは大きく縮まりました。

男子マラソン日本記録は2002年のシカゴマラソン高岡寿成さんが出した2時間6分16秒が長く続いていましたが、2018年の東京マラソン設楽悠太選手が16年ぶりに5秒更新すると、大迫傑さんがその年のシカゴマラソンとおととしの東京マラソンでいずれも2時間5分台のタイムをマークしさらに更新します。

そして、去年のびわ湖毎日マラソン鈴木健吾選手が初めての2時間4分台となる2時間4分56秒のタイムを出し厚底シューズの登場からわずか4年ほどで4回も日本記録が更新されました。

複数の陸上指導者によりますと、厚底シューズを使用した場合、
▼5000メートルで15秒、
▼10000メートルで30秒、
ハーフマラソンで1分、
▼マラソンで2分、
タイムが短縮されていると見られるということです。

正月の箱根駅伝でも、ことしのレースで1区から10区までのすべての区間記録が厚底シューズによるものとなり、90年代に活躍した早稲田大学渡辺康幸さんの花の2区のタイムが10位圏外となるなど、一気にレースの様相を変えています。

厚底シューズをめぐっては、おととし世界陸連が「スポーツの高潔性が技術によって脅かされている」などとして、靴底の厚さを制限するとともに、トラック種目では使用できないよう規定を改正しています。

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