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6月8日「感激の対象」

断えず熱中する問題を持つこと、即ち感激の対象を持つことだ。
子供が大病の時、父母は飲食が咽喉を通らないということは、誰しもが経験することだ。これは固より好ましい場合のことではないが、この平凡な事実を好い方面に心掛ければいいのだ。人生は退屈することが一番いけない。断えず問題を持つ者が、精神的に勝利を占める。
世の中が斯うなると、真面目な者は往々すね者になる。すねると皮肉が出る。彼等に欠けているものは気魄(きはく)だ。ところが此の頃はすね者さえもいない。
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人間の眞實の正しさは、禮節と同様、小事に於ける行に表れる。

小事に於ける正しさは道徳の根柢から生ずるのである。之に反して大袈裟な正義は單に習慣的であるか、或は巧智に過ぎぬことがあり、人の性格について未だ判明を興へぬことがある。
ヒルティ―)

人間の本当の正しさは、ちょっとした日常の挨拶や振舞にあらわれ、何でもない行動に、案外人間内容やその背景を知ることができるものです。これに反して、大層偉そうな大袈裟なことを言うものはあてになりません。
(『経世と人間学』)

活学百言「39.仁愛」

人が万物と生を同じにするところより生ずる共鳴を愛情という。
知を頭脳の論理とすれば、情は心腹の論理である。万物と共に生きよう、物と一体になってその生を育もうとする徳を仁という。
仁愛はこのおぼつかない、悩める衆生に対しては限りない慈悲となる。愛は「かなし」である。信念はこの徳の根本である。
仁愛の情は人格の最も尊い要素(徳)であり、信念はこの徳と相待って人を聖にする。
人は智の人でなくもよい、才の人でなくもよい。しかしどこまでも情の人でなければならぬ。

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