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【一服どうぞ】裏千家前家元・千玄室

 禅宗臨済録の教えに「一無位の真人」という言葉がある。人間はどんな地位立場の人であろうとも裸のままで世に生まれ出てきた。みんなが無垢(むく)で純白なままで成長すれば、世の中は真に平和であろうが、成長するにしたがい智恵がつき、垢(あか)が身についてくる。この教えは、そうした虚仮(こけ)にまとわれたものを捨てて無の人になるという教えである。なかなか難しいことではある。しかし、茶室の中では世間的な地位などは関係なく、すべての人が平等である。そして、人と人が一体となるためにも、すすめ合う一●の茶が主役になる。「いかがですか」「お先に」「どうぞ」こうしたすすめ合いの言葉で一●をいただくとき、そこには素直な無垢の自分がある。茶道は作法にのみ拘泥(こうでい)して難しいという人がある。こういう方にこそ、一●のお茶で人間らしさを教える道の在り方を、ぜひとも理解していただきたい。

唐の時代の760年ごろ、文人陸羽は世界で初めての茶書『茶経』を記した。その中に「茶の効用は、味がいたって寒であるから、行い精(すぐ)れ倹の徳のある人の飲むに最もふさわしい」といっているのに注目すべきである。寒や倹徳とは味がすぐに味わえるものではなく、よく静かに味わってこそ、真の味が感得できるということである。