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コラム:戦前の米金融政策と黒田日銀の不吉な共通点=河野龍太郎氏 | Reuters

異次元緩和の副作用で、国債市場の動揺が止まらない。黒田日銀は、2年以内の2%インフレ目標達成を目指し、ネットで年率50兆円、グロスで同90兆円の国債大量購入政策を開始した。ネットの購入額は2013年度当初予算における新規国債発行額の43兆円を上回り、事実上、日銀が財政赤字ファイナンスする格好となっている。紛れもないヘリコプター・ドロップ政策(マネタイゼーション)である。


日銀の大量購入で浮動玉が激減し、市場機能は大幅に低下、国債市場は日銀の日々の行動に影響される「官製マーケット」の色彩を強めていると言えよう。


官製マーケットと言えば、実は第二次世界大戦前後の米国でも似たようなことがあった。米連邦準備理事会(FRB)による国債価格支持政策(Pegging operation)である。


当時、国債管理政策に組み込まれたFRBは、金融抑圧政策の一環として、インフレ率が上昇しているにもかかわらず、低い長期金利を維持すべく、超低金利政策と国債大量購入政策を継続せざるを得なかった。いずれ日銀も、長期金利の急騰を避けるため、同じ道に追い込まれるのではないかと筆者は懸念している。


<最初は金融システムへの配慮だった>


では、当時の米国では何が起こったのか。大恐慌の後、1933年から経済が回復に向かうと金利上昇圧力が強まっていった。米財務省は金融部門の自己資本の劣化を懸念、金利上昇を回避するためFRBに市場介入を要請した。FRBは当初抵抗したが、結局、2年後に長期国債購入を開始し、国債管理政策への第一歩を踏み出した。


34―36年は2ケタ前後の高成長が続いたが、貸出は伸びず、FRBのバランスシートに超過準備が積み上がっていった。FRBはインフレにつながることを懸念し、その吸収を模索するが、長期国債を売却すると長期金利が跳ね上がる恐れがあるため、結局、準備率引き上げによって超過準備を吸収するしかなかった。


第二次世界大戦が始まると、FRB国債管理政策への関与はさらに強まっていく。金利上昇による金融システムへの悪影響を避けるだけでなく、スムーズな戦費調達を可能とするため、42年には財務省の要請で、FRBによる国債価格支持政策が開始された。


具体的には、FRB長期金利(25年債)を2.5%の暗黙の上限内に抑えるべく、財務省短期証券(TB)3カ月金利と1年物国債金利を固定化することで財務省と合意、イールドカーブは事実上固定された。FRBは銀行からTBを購入し、銀行はキャリーを稼ぐため、FRBにTBを売却した資金を用いて長期債を購入した。銀行に長期国債購入のインセンティブを与えたのである。


第二次大戦後は、価格統制の終了に加え、欧州の復興需要で輸出が拡大し、インフレ圧力が急速に高まった。しかし、国債の円滑消化と金融システムへの悪影響を懸念する財務省国債価格支持政策の継続を求めたため、FRBは長期債購入を停止できず、物価安定が犠牲となった。


ただし、FRBが長期債の価格支持政策を続けたことで、金融機関は長期債をFRBに売却し、保有債券ポートフォリオの短期化を進めることが可能となった。この結果、金利上昇に対する金融システムの耐性は大幅に改善された。


48年以降、米景気はいったん悪化するが、朝鮮戦争特需もあって50年には回復、再びインフレ圧力が強まる。財務省FRBに対し国債価格支持政策を継続するよう圧力をかけ続けたが、最終的には方針を変え、51年にマネタイゼーションを最小限にすることでFRBとアコードを締結、国債価格支持政策は終結した。


FRB国債購入は、当初は国債価格下落による金融システムへの悪影響を回避する目的で開始され、戦時には戦費調達のための国債価格支持政策へと発展したが、インフレが上昇しても止められなかった。最終的に、1.国債価格支持政策により銀行が保有する長期国債は減少し、金利上昇による金融システムへの影響が和らいだこと、2.景気拡大とインフレタックスによる税収増で公的債務が圧縮されたこと、3.インフレが大きな問題になったこと、などからFRB国債価格支持政策から約10年ぶりに解放された。この間、物価安定が犠牲にされ、マクロ経済も不安定化した。


ルビコン川をすでに渡った黒田日銀>


金融システムへの配慮と戦費調達から、中央銀行国債管理政策に組み込まれていった米国。その姿は、潜在成長率の下方屈折と少子高齢化に放漫財政が加わり、国内総生産(GDP)の2倍を超える巨額の公的債務を抱え、その多くを金融機関が保有する現在の日本と重なる点が少なくない。日銀は今回の「量的・質的金融緩和」によってルビコン川を渡り、国債管理政策の領域に足を踏み入れた、というのが筆者の認識である。


黒田総裁は、アグレッシブな国債購入はデフレ脱却のためとし、財政ファイナンスの可能性を否定している。確かにスタート時点での意向はそうなのだろう。現段階では、金融緩和のための国債購入と、国債管理政策のための国債購入の明確な線引きは難しい。しかし将来、インフレ目標が達成された段階で、日銀が物価安定の観点から出口に向かって舵を切ることができないことで、マネタイゼーションであることが明らかになるだろう。


まず日銀は、金融システムの安定性への配慮を迫られる。1%の均衡実質金利を前提とすれば、2%のインフレ予想が定着した場合、長期金利は少なくとも3%程度まで上昇する。上乗せ金利(リスクプレミアム)を考慮すれば、4―5%に上昇しても不思議ではない。長期金利が3%まで上昇すれば、大量の国債を抱える中小企業金融機関等が資本不足に陥り、それがきっかけで金融システムが動揺する可能性がある。4%まで上昇すれば地域金融機関も自己資本不足に陥る。このため、2%のインフレ目標に到達しても、金融システムへの悪影響を懸念し、日銀はゼロ金利政策国債購入政策を継続せざるを得なくなる。


米国では、FRB国債価格支持政策を通じ、長期債の購入を続けたことで、金融機関の保有する国債デュレーション(平均回収期間)が短期化し、金利上昇への耐性が高まった。今回の日銀のアグレッシブな長期国債購入も、同様の効果を持つかもしれない。


筆者の試算では、日銀が現状のペースで14年末まで長期国債購入を続けた場合、地域金融機関がコア資産として保有する2―10年ゾーンに関し、発行残高に占める日銀のシェアは13年3月時点の10%程度から40%程度まで上昇する。金融機関は、売却資金をデュレーションゼロの日銀当座預金として保有するため、金利上昇への耐性が高まる。金融システム危機への懸念は、ある程度和らぐことになるのかもしれない。


しかし、より大きな問題は公的債務の発散リスクである。すでに巨額の公的債務を抱える日本では、長期金利が上昇すれば、利払い費が大幅に増加し、公的債務は雪だるま式に膨らむ。インフレ目標が達成されても、国債の大量発行が続く以上、財政健全化に目途がつくまで、日銀はゼロ金利政策国債の大量購入を続けざるを得ない。


そうなれば日銀の金融政策を規定するのは、もはや物価安定の視点ではなく、政府の財政行動となる。いわゆる「フィスカル・ドミナンス(財政従属)」の状況に陥るのである。


<行き着く先は預金者へのインフレタックス>


長期金利の上昇が続けば、日銀はすでに表明している長期国債の購入を前倒しで実行し、価格の安定化を図る可能性もある。ただ、前倒しだけなら、将来の購入額が減少するため、いずれかの段階で、国債購入額の目標も引き上げられる可能性がある。


また、長期金利が2%を超えて上昇すれば、金融システムの動揺や財政危機を回避するため、戦前・戦後のFRBと同様、事実上の国債価格支持政策を導入するかもしれない。たとえば、3カ月物、1年物金利を固定した上で、5年ないし10年の長期金利に事実上の上限を設けるのである。金融機関は、かつての米国においてそうだったように、期間収益の確保が可能になる。ただし、そうなると、金融抑圧政策以外に選択肢はなくなる。


振り返れば、米国などの先進各国は、戦後30年間の高成長によって税収を増やし、大恐慌と戦時期に積み上がった公的債務を圧縮した。高成長が可能だったのは、復興需要だけでなく、戦時に発達した軍事技術が民生用に転用され、イノベーションが可能となったためである。


しかし、今回、各国で積み上がった公的債務は戦争ではなく、バブル崩壊によるものである。バブル期に見られたフィナンシャル・イノベーションの多くは、規制を回避しレバレッジを可能とするようなものばかりであり、潜在成長率の上昇につながっていない。


そうなると、各国とも、公的債務の圧縮は預金者にインフレタックスを課す「金融抑圧政策」しかないということになる。特に未曽有の公的債務を抱える日本は、インフレ率が高まった後も、ゼロ金利国債の大量購入を長期間続けざるを得ないということになるだろう。マネタイゼーション政策が引き起こす一時の高成長に浮かれている場合ではない。