https://d1021.hatenadiary.com
http://d1021.hatenablog.com

【原田武夫の読書散歩】(第32回)「ブラック企業、紅衛兵、そしてカンボジア」(その1) - 原田武夫国際戦略情報研究所公式ブログ

外務省で曲がりなりにも一人前にやっていくためには通称「外務省文学」と呼ばれる特殊な文体を駆使した「公電」の作成技術を覚える必要がある。「普通の言葉で書くべきだ」という声が無いわけではないのだが、それはそれで一つの伝統なのである。初年度からみっちりこれを教え込まれる。


公電をなぜ書くのかというと、外交とは「しゃべりの文化」だからだ。つまり会話が主体であるため、そのままでは流れていってしまう。そこで「事実関係を確定させる」ことを目的に電報を起案し、しかも外務本省と在外公館の間でやりとりされる電報だけが国家意思の発露としての「公電」と認識されるというルールに、米欧流の伝統的な外交(ディプロマシー)ではなっているのである。つまりこれを読み書きできなければ外交官ではあり得ないというわけなのだ。

それだけではない。かつては局長や課長に担当官がついていくと、担当官は何でも知っているというのが前提であった。そしてこれら上級管理職が「これは何と答えれば良いのか」と振り向くと、その前に資料が出てきて、「このように答えてください」と囁いてくる。これが担当官の仕事だったのである。