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ストーリー:英のラテン語辞書編集(その1) 101年、二つの大戦越え - 毎日新聞

 薄暗い部屋に小さな明かりが四つともっていた。5日朝の英議会貴族院(ロンドン)展示室。照らされたのは「法の支配」を説いたマグナカルタ(大憲章)である。制定(1215年)800年を記念し、現存する全原本(4枚)が初めて議会にそろった。


 変色した羊皮紙の小さなインク字は、読み書き専門の言語、中世ラテン語だ。ガラスケース内の文字を追いながら私は、このほど編まれたラテン語辞書の最後の編集長、リチャード・アシュダウンさん(37)の言葉を思い出した。


 「辞書があって初めて古文書が正確に理解できます。マグナカルタを読むにも完全な辞書が必要です」


 アシュダウンさんが携わったのは「英国古典における中世ラテン語辞書」プロジェクト。権威のある人文科学系の学術組織「英国学士院」が第一次世界大戦前年の1913年に着手し昨年9月に終了した。101年をかけた事業だった。


 ラテン語の言葉を英語に訳した辞書は17分冊、全4070ページ。5万8000語を収録し、引用は43万例に上る。ロンドンの同学士院でアシュダウンさんは辞書を抱えながら言った。「戦争中も(戦後の)財政の苦しいときも、細々と受け継がれてきました。歴代編集長は自分で完成させたいと思っていた。その願いの結晶です」

 全巻の価格は660ポンド(約12万円)。101年の歳月と数百人のボランティアらが携わった。市場原理とは別の価値がそこにある。

 マグナカルタはこう説く。「国民は法か裁判によらなければ自由や生命、財産を侵されない」。800年前のこの文書は、成文憲法のない英国の民主主義の基礎原理としてだけでなく、「世界人権宣言」(1948年)などの理念として今も生きる。辞書作りに関わった人たちは、中世ラテン語だけでなく大憲章の精神も後世に引き継いだ。

ストーリー:英のラテン語辞書編集(その2止) 言葉を後世に伝える - 毎日新聞

 辞書には中世ラテン語だけを収めることも検討されたが、レイサム氏は古典ラテン語も含む総合的辞書を作る姿勢を崩さなかった。


 ラテン語には大きく分け古典期(紀元前1世紀〜紀元2世紀ごろ)と中世期(6〜16世紀ごろ)がある。古典ラテン語ローマ帝国で話されていた言葉。中世ラテン語は帝国崩壊後、西ヨーロッパ各地に広がったラテン語が地域言語の影響を受けながら生まれた文語である。

「人類は文字を学んで文明を作った。文明化の過程を知るには古い言葉を探ることです」

 英国では中世、政府や教会の文書のほか、ニュートン(1642〜1727年)の科学論文も中世ラテン語で発表された。にもかかわらず辞書は1678年作成の不完全なものを最後に、まとめられることはなかった。

 「マグナカルタなど中世古文書の扉を開けるには辞書が必要です。辞書は先人の知恵や歴史を開く鍵なのです」と2代編集長のハウレットさんは言う。英国は成文憲法を制定していない。古典法令や裁判所、議会の決定を総合して「憲法」と考えている。マグナカルタもそれを構成する一つだ。辞書は憲法を読み解く道具でもあるのだ。

「中世、西欧の人々は互いに、ラテン語で意思疎通をした。ラテン語は西欧の文化的統合の象徴です。(旧東欧諸国の一つ)ハンガリーは中世ラテン語圏であり、言語的には西欧であることがわかります」

 シャープ教授らスタッフが辞書編集の基礎にしたのは、ボランティアが半世紀かけて収集した中世ラテン語だった。


 学士院がまず中世の文献や書籍を指定。各ボランティアは割り当てられた文献から採取した一語一語について、「スリップ」と呼ばれる縦8センチ、横12センチの紙のカードに、その言葉の使われ方、引用文献情報などを書き込んだ。


 集まったスリップは最終的に計75万枚。1人で約2万枚を作った人もいた。ボランティアたちはみな、自分の生きている時代には完成しないであろう辞書のために、見返りを期待することなくただ、こつこつとラテン語を集めたのだ。

 編集現場ではそうしたスリップをアルファベット順に整理し、出典をすべて原典で確認した。中世初期の古文書は、手書きであるため確認作業も容易ではなかった。スリップも手書き。シャープ教授は言う。「スリップの一枚一枚から、辞書の完成を願うボランティアの気持ちが伝わってきた」。小さな紙片を通し、ボランティアと編集スタッフの気持ちはつながっていった。

 英国の中世ラテン語辞書プロジェクトが呼び水となり、西欧各国で中世ラテン語辞書作りが始まった。

 90年に初代編集長に就任したハービーさんは、ラテン語との関係からみたアイルランドの特徴をこう説明する。「(英国のように)ローマ帝国に侵攻された歴史がないことです。ラテン語は後の世にキリスト教と一緒にもたらされました」


 「ラテン語からケルトの特徴がわかる」と言うハービーさんは、「潮」を具体例として挙げた。古典ラテン語では「潮」を示すのはたった一つだが、ケルト圏に入ると、「潮」を表す言葉が数多く生まれた。ローマ人が住んだ穏やかな地中海に比べ、アイルランド周辺は潮による海面変化が大きいからだ。「考古学者が遺跡から歴史を探るように、私たちは言葉から歴史を知るのです」。ハービーさんは2023年の完成を目指している。

このプロジェクトを取材した今、思う。事業に携わったボランティアや編集スタッフの「後世につなげたい」との熱意と献身は、この重さや厚さをはるかに超える。本当に大切なものは、数字では表せない−−と。

 完成した辞書の意義をハウレットさんはラテン語の格言を交え、こう表現した。「我々はこの土や植物と同じように、言語を後世に引き継ぐ必要があります。辞書は、モヌメントゥム・アエレ・ペレッニウス(青銅より永続する記念碑)です」。末永く後世のためになる、という意味だ。

http://d.hatena.ne.jp/d1021/20150131#1422700377
http://d.hatena.ne.jp/d1021/20150105#1420454781


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