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「事件から逃げることは可能だと思った。でも、そうすれば、母親がやったんだと、僕自身が認めたことにもつながる。和歌山を離れ、彼女と結婚して、新たな生活を始める。それが、母を見殺しにするような気もして」

家族は、今も母親の無実を信じている。しかし、最高裁判決が出た直後、長女は父親の健治さんにこう漏らした。

「泥船に乗った林家の6人のうち、1人を船に残せば、あとの5人は助けてやると言われたような気分」

泥船に残す1人とは、もちろん林死刑囚を指す。昨年の面会時、信一さんに、その母が言った。

「事件から離れて、自由に生きなさい」

信一さんは答えた。

「離れて自由にと言うけれど、そう簡単にはいかないんだよ」

姉や妹にも、母は同じ言葉を伝えていた。姉は長男に言った。

「お前も気をつけなさい。深入りすると、人生が台無しになるよ」

信一さんは、自問自答する。事件から離れ、違う世界で別人として生きて、本当に幸せなのか。

「ずっと考えてきたけれど、答えが出せない」

だから、息子として、どうしても母に確かめたかったのだ。

「お母さん、僕たち4人の子どもに申し訳ないという気持ちはあるの」

母が、面会室のアクリル板の向こうで急に涙を浮かべた。

「成長したあなたから、そんなことを言われるのがいちばんイヤだ。もちろん、すまないと思っている、申し訳ないと思っている。でも、もう取り返せない」

信一さんは、自分に言い聞かせるように呟いた。

「母が無実を訴え続けている以上、最後まで見届けるしかないと思うんです」

10年前に母親の死刑が確定した4月21日が今年も訪れた。その数日後には、日本中が「令和」という新しい時代の到来に沸く。そんななか、平成の闇にからめとられたまま、重すぎる荷を背負って生きるしかない家族がいる。