皇居で「おたき上げ」 大嘗祭の祭場の木材を焼却https://t.co/gpfn91p69q
— 朝日新聞 映像報道部 (@asahi_photo) 2020年2月21日
天皇陛下の即位に伴う皇室行事「#大嘗祭」の祭場となった #大嘗宮 の取り壊しが終了し、大嘗宮のあった皇居・東御苑で資材の一部を焼却する #おたき上げ が行われました。
(江) pic.twitter.com/gRGdUV0CU8
【天皇陛下 還暦控え糖質制限か】
— BLOGOS (@ld_blogos) 2020年2月21日
「両陛下は定期健診を欠かさず、雅子さまもご家族の健康管理に、いっそう責任感を持って取り組まれているようです。日本酒を焼酎に切り替えるという“糖質制限”のアドバイスも、雅子さまが提案されたのでしょう」(宮内庁関係者)https://t.co/qlaB0MuIWy
「陛下は油断するとお太りになりやすい体質とのことで、実は甘いものはあまりお召し上がりになりません。また陛下は、以前は日本酒がたいへんお好きでしたが、最近は特別な場合以外ではほとんど飲まれないそうです。いまは、お飲みになるのはもっぱら焼酎なのだと伺っています」
醸造酒である日本酒が糖質を含む一方、蒸留酒である焼酎は糖質ゼロ。ダイエット中に飲んでも太りづらいとされている。こうした健康管理の陰には、雅子さまのご助言があると語るのは宮内庁関係者。
「ご一家のお食事は、雅子さまと“料理番”である大膳が協議しながら決めています。雅子さまは愛子さまを懐妊された際、専門書を隅々まで熟読され、主治医を驚かせたこともあったといいます。栄養管理についても、熱心に勉強されていると思います」
天皇陛下は’07年6月、十二指腸にできた良性のポリープを除去するために手術を受けられている。その際、雅子さまは入院された陛下を毎日お見舞いされた。一方、上皇ご夫妻はこのポリープを深く憂慮。天皇陛下が長らく検査を受けられていなかったことに強い不安を抱かれたと、上皇ご夫妻は当時の宮内庁長官を通じて異例の“苦言”を呈された。
「上皇陛下は美智子さまのお支えもあり、85歳まで天皇としてのお務めを続けられました。健康を維持することも天皇の義務であると伝えるため、あえて天皇陛下に厳しい姿勢を見せられたのでしょう。それ以来、両陛下は定期健診を欠かさず、雅子さまもご家族の健康管理に、いっそう責任感を持って取り組まれているようです。日本酒を焼酎に切り替えるという“糖質制限”のアドバイスも、雅子さまが提案されたのでしょう」(前出・宮内庁関係者)
大正から昭和にかけ、皇室の調理をつかさどる「宮内省厨司長」として宮中の食事を支えた“天皇の料理番”秋山徳蔵のレシピが復刻します。https://t.co/WvdbfaRnFo pic.twitter.com/SdSL49xQ3h
— 産経ニュース (@Sankei_news) 2020年2月21日
#食事#おやつ#レシピ
愛子さま 学習院大文学部に進学へ https://t.co/Lz9XRD0wd4 #日テレNEWS24 #ntv
— 日テレNEWS (@news24ntv) 2020年2月21日
愛子さま 4月から学習院大学文学部に進学へ #nhk_news https://t.co/k0ZEzEUaqX
— NHKニュース (@nhk_news) 2020年2月21日
天皇皇后両陛下の長女の愛子さまは、ことし4月から学習院大学に進学し、文学部の日本語日本文学科で学ばれることになりました。
学習院女子高等科3年生の愛子さまは、先月、進学に向けた実力考査が終わり、現在は卒業レポートの作成に取り組まれています。
宮内庁によりますと、愛子さまは21日午前、内部進学を希望する生徒たちを対象にした説明会に出席し、希望していた学習院大学文学部の日本語日本文学科への進学を認める書類を受け取られたということです。
この学科は昭和24年の学習院大学の創設と同時に発足した歴史があり、日本語や日本文学、それに日本語教育などを専門とする教員が教育や研究にあたっているということです。皇族が学習院大学で学ぶのは6年前まで文学部教育学科に在籍されていた秋篠宮ご夫妻の次女の佳子さま以来です。
学習院大学の文学部には天皇陛下も昭和53年に入学し、史学科で歴史を専門に学ばれました。在学中は「水上交通」をテーマに、中世の瀬戸内海の水運について研究に取り組み、卒業後は皇族として初めて大学院に進んでイギリスの大学にも留学されました。
一方、大学では音楽部に所属してビオラの演奏にも取り組み、卒業後も学習院OB管弦楽団のメンバーとして活動を続けられました。
#天皇家
芳賀徹さんが死去 - 文学研究者https://t.co/ziaI5URktp
— 共同通信公式 (@kyodo_official) 2020年2月21日
京都造形芸術大学長や静岡県立美術館館長を務めた文学研究者で、東京大名誉教授の芳賀徹(はが・とおる)さんが20日午後9時10分、胆のうがんのため東京都北区の病院で死去した。88歳。山形市出身。葬儀・告別式の日取りは未定。喪主は長男満(みつる)氏。
東大教養学部卒。米プリンストン大客員研究員などを経て東大教授、国際日本文化研究センター教授などを歴任した。
江戸、明治期の比較文学を中心に、平賀源内、与謝蕪村、岩倉使節団などを論じた。1981年に「平賀源内」でサントリー学芸賞、84年に「絵画の領分」で大仏次郎賞。97年に紫綬褒章。