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スウェーデンストックホルムにある王立科学アカデミーは、日本時間の7日午後7時前、ことしのノーベル化学賞の受賞者を発表しました。

受賞が決まったのは、フランス出身でドイツのマックス・プランク感染生物学研究所のエマニュエル・シャルパンティエ所長と、アメリカ出身でカリフォルニア大学バークレー校のジェニファー・ダウドナ教授の2人です。

2人は「細菌」の免疫の仕組みを利用して、ゲノムと呼ばれる生物の遺伝情報の狙った部分を極めて正確に切断したり、切断したところに別の遺伝情報を組み入れたりすることができる、「CRISPR-Cas9」(クリスパー・キャスナイン)と呼ばれる「ゲノム編集」の画期的な手法を開発したことが評価されました。

「CRISPR-Cas9」は、それまであった「ゲノム編集」の方法に比べて簡単で効率がよく、より自在に遺伝情報を書き換えることができることから、すでに作物の品種改良などのほか、がんの新しい治療法の開発や新型コロナウイルスの研究に用いられています。

一方で、7日の発表の中で王立科学アカデミーは、この技術は人類に大きな恩恵をもたらしうるものの、胎児の遺伝情報の書き換えにも用いることができることから、「人類は新たな倫理的な課題に直面することになる」として、ヒトや動物で実験を行う場合は倫理委員会に諮り、承認を受けなければならないとしています。

ノーベル化学賞の受賞が決まったエマニュエル・シャルパンティエ所長は報道陣の電話インタビューに「受賞を知らせる電話をけさ受けて、喜びがこみ上げてきました。この研究に専念することを2008年に決めてからは、朝の3時に帰宅して数時間だけ寝たあと、すぐに研究室に戻るような生活でした。2012年に論文を発表してから受賞までは、とても早かったです」と振り返りました。

ノーベル賞のホームページによりますと、2人は化学賞では女性として6人目と7人目の受賞者です。

シャルパンティエ所長は「私たちに続いて科学の道を歩もうとする若い女性たちにとって、今回の受賞が前向きなメッセージになることを願っています」と話していました。

ノーベル化学賞の受賞が決まったジェニファー・ダウドナ教授は、AP通信のインタビューに応じ、「ストックホルムにある王立科学アカデミーから早朝に電話を受けて本当に驚きました。私の一番の望みは、研究の成果が、生物学の新たな神秘を解き明かし、人類に恩恵を与えられるような良いことに使われることです」と話していました。

「CRISPRーCas9」とは生物の遺伝情報であるゲノムを編集する手法の1つで、世界の多くの研究者に使われています。

「CRISPR」はある特定のDNA配列のことです。「Cas9」はDNAを切断する酵素です。このゲノム編集では「CRISPR」をもとに切断したい部分にとりつくいわば目印となる配列を作ります。この目印となる配列をめがけて、「Cas9」が到達し、DNAを切断します。

これまでにもゲノム編集の技術はありましたが、「CRISPRーCas9」によって、正確かつ簡単にねらった部分を切ったり、別の遺伝子を入れたりすることが可能になり、多くの分野で使われるようになったほか、研究のスピードが劇的に速くなったとされています。

この分野に詳しい科学技術振興機構の安達澄子主査は、「ほかの手法は、狙った配列にむけて、正確に酵素が取り付くことが難しかったが、クリスパーを応用することでそれが可能になった。また、この手法によってより多くの研究者が自在にゲノム編集を行うことができるようになったのもポイントで農業や医療などへの応用が一気に進んだ」と話しています。

ノーベル化学賞の受賞対象になったゲノム編集の手法、「CRISPR-Cas9」は、日本人研究者が1980年代に大腸菌で見つけたDNAの塩基配列がもとになっています。

大阪大学名誉教授の中田篤男さん(90)と九州大学教授の石野良純さん(63)のグループは、大阪大学で研究を行っていた時、大腸菌のDNAで同じ配列が5回繰り返されているのを見つけ、1987年に論文として発表しました。

当時は繰り返し現れる配列が何を意味するのか分かっていませんでしたが、その後、この論文をもとにヨーロッパの研究者が、この配列が外から侵入するウイルスなどの「外敵」を認識して攻撃する免疫の仕組みに関わっていることを突き止めました。

大腸菌では、繰り返される配列の間に外敵の遺伝子が組み込まれることで、外敵を認識して攻撃します。

この仕組みを応用して、繰り返される配列の間に目的とする遺伝子を組み込むと、遺伝子を切り貼りするはさみの役割をしている物質を狙った場所に届けることができるようになりました。

この技術で狙ったとおりに遺伝子を切断したり挿入したりすることができるようになり、簡便で精度が極めて高いゲノム編集の方法として確立しています。

遺伝情報を簡単に、自在に書き換えられる「CRISPR-Cas9」は、日本の研究者による塩基配列の発見がもとになって開発につながったのです。

今回のノーベル化学賞の受賞者に選ばれたドイツの研究機関とアメリカの大学の研究者の論文の中でも、中田さんと石野さんのグループの論文が引用論文として紹介されています。

この技術は、新型コロナウイルスの研究にすでに用いられています。

中国では、マウスに感染するウイルスの遺伝情報を「CRISPR-Cas9」で書き換えて、感染の仕組みや、体への影響を調べる研究が行われています。

また、アメリカのマサチューセッツ工科大学などの研究グループは、この技術を応用してウイルスの遺伝子を簡単に検出する検査キットを開発し、キットはことし5月、FDAアメリカ食品医薬品局の緊急の許可を得て、研究用として使われています。

このキットは、唾液や鼻の奥から採取した体液を温めたあと、特殊な試験紙を浸すことでウイルスの遺伝子があるかどうかを20分程度で判定できるとされていて、PCR検査に比べて費用も抑えられることから、大量に検査を行うことができるとしています。

このほか複数の企業が、この技術を応用した検査方法の実用化を目指しています。

今回、ノーベル化学賞の受賞が決まったカリフォルニア大学バークレー校の、ジェニファー・ダウドナ氏は先月、アメリカメディアのインタビューに対し、この技術を用いた検査や薬の開発は新型コロナウイルスだけでなく、ほかのウイルスなどで世界的な大流行が起きた際にも重要な役割を果たすと述べています。

「CRISPR-Cas9」の手法を使ったゲノム編集は、患者の治療など医療面でも応用が期待されています。

治療が難しいがんや遺伝性の病気などについて、病気の原因となる遺伝子を操作することで、治療できるのではないかと期待されていて、アメリカではことし2月、がん患者から取り出した免疫細胞にゲノム編集を行い、免疫の働きを抑える遺伝子を取り除いて、がんの治療効果を確かめる臨床試験が行われたと発表されました。

一方で、ヒトの遺伝子をゲノム編集で自在に書き変えてしまうことには、たとえば、目の色や高い知能など、親が望む特徴を持つよう改変する「デザイナーベビー」を生み出すことにもつながりかねないなど、倫理的な問題が指摘されています。

おととしには中国の研究者が「CRISPR-Cas9」の手法でエイズウイルスに感染しないよう受精卵の遺伝子を操作して実際に女の子の双子が誕生したことを発表し、世界中に衝撃が走りました。

現在のところ、ゲノム編集では、狙った場所以外の遺伝子を改変してしまう可能性が排除できないほか、遺伝子を操作して悪影響が出た場合、子の代、孫の代と、世代を超えて引き継がれる可能性もあり、この技術をどう生かしていくのか、遺伝子の改変はどこまで認められるか、国際的な議論が続けられています。

「CRISPR-Cas9」によるゲノム編集は、世界各国で農水産物の品種改良に使われるようになっています。

これまで農水産物を品種改良して病虫害に強くしたり、味をよくしたりするためには突然変異で現れるのを待つか、品質のよいものを掛け合わせ、繁殖させるなどする必要があり、長い時間がかかっていました。

これに対して、「CRISPR-Cas9」の手法によるゲノム編集では狙った遺伝子を非常に高い精度で操作することができるため、これまでにないスピードで行うことができます。

アメリカでは、ゲノム編集を行って、コレステロールの値を下げる成分を多く含む大豆から搾り取られた食用油が販売されています。

日本国内でも収穫量が多くなるよう品種改良したイネ、それに身の量が多いタイなどが開発されていて、去年10月からはゲノム編集を行った食品の流通が解禁されました。

血圧を下げるとされる成分を多く含んだトマトを開発した企業などが販売のための手続きを進めていて近い将来、こうした食品の流通が始まると見られています。

「CRISPR-Cas9」の技術は、農業や医療などさまざまな分野で応用され、利用する企業からの特許料も巨額になると見込まれることから、開発に関わった研究者の間で激しい特許争いが繰り広げられています。

特許争いは、技術の基本的な仕組みを開発したアメリカ・カリフォルニア大学などのジェニファー・ダウドナ教授らと、動物やヒトの細胞に応用できることを最初に証明したアメリカ・マサチューセッツ州にあるブロード研究所のフェン・チャン博士らの間で裁判になってきました。

「CRISPR-Cas9」を動植物の細胞に応用することの特許をめぐって、おととし9月、アメリカの連邦控訴裁判所は、ブロード研究所側に特許があるという判断を示していますが、去年になってアメリカでカリフォルニア大学側がブロード研究所側の特許の取り消しを求める裁判を新たに起こし、特許争いはまだ決着が付いていません。

ノーベル化学賞の受賞対象になったゲノム編集の手法、「CRISPRーCas9」(クリスパー・キャスナイン)のもとになる、DNAの塩基配列を1980年代に発見した大阪大学名誉教授の中田篤男さん(90)は「私たちの発見に意味づけをしてくれてとてもありがたいし2人が受賞してうれしい」と話していました。

中田さんは、大阪大学大腸菌の遺伝子の解読に取り組み、1987年、当時、研究生だった九州大学教授の石野良純さんらと大腸菌の遺伝子に規則的に並んだ塩基配列の繰り返しがあることを発見しました。

この塩基配列の繰り返しは、ほかの細菌にも存在し、細菌がウイルスに感染した際に、ウイルスのDNAの一部を取り込んで記憶し、次の感染に備える免疫の働きを持つことが分かり、のちに「CRISPR」と名付けられました。

その後、「CRISPR」の仕組みを応用して狙ったとおりに遺伝子を切断したり、挿入したりすることができるようになり、簡便で精度がきわめて高いゲノム編集の方法が確立されました。

中田さんは「当時、繰り返し現れる配列が何を意味するのか分かっておらず、ゲノム編集に使われるようになるとは思ってもいなかった。

私たちの発見に意味づけをしてくれてとてもありがたいし2人が受賞してうれしい」と話していました。

そのうえで「ゲノム編集には倫理面の問題もあるが、議論と研究を進め、受賞が決まった技術がもっと使われるようになるといい」と話していました。

ゲノム編集技術を大きく発展させるカギとなった「CRISPR」と呼ばれるDNAの配列を発見した九州大学大学院の石野良純教授は受賞を受けて九州大学で会見に応じました。

石野教授は、「2人の女性科学者がノーベル賞を受賞したことを非常に嬉しく思いますし興奮しています。私も『CRISPR』の発見者といわれ非常に光栄です。今回の受賞はゲノム編集技術に『CRISPR』を応用したことが評価されていますが、私が『CRISPR』を発見した時には何をするものかまったく分かりませんでした。いろいろな研究で機能が分かってきて、知識を元に画期的なゲノム編集技術を作ったということで心よりお祝い申し上げます」と祝福しました。

その上で「ゲノム編集技術はまだ、完成はしていないが、その扉を開いたということで間違いなく今後の人類の生活は変わっていくと思います。過去にも遺伝子工学の革命的な技術が段階的に生み出されてきましたが、一気に何段階か上がったと思います」と述べました。

生物の遺伝子に手を加えることの倫理面について、「世界で言われているように生殖細胞でやるのは絶対にまずいと思います。ただ、遺伝病に対してはほかに治療法がないため、遺伝子を正常にする点においては、ゲノム編集を超えるものはないと思います。いろんな問題が懸念されますが、悪い遺伝子をねらって変えていける技術なので今後さらに進歩していくと思います。遺伝子の変異で苦しんでいる人たちが治療法として増えてくることはよいことだと思います」と話していました。

また、石野教授は、2人の受賞者について、「ジェニファー・ダウドナさんは直接会って食事をしたり、いろんな話しをしたりしたことがあり、非常に楽しい人です。

エマニュエル・シャルパンティエさんは残念ながら、すれ違いで一度も会ったことはありませんが、ぜひ会って話しをしたい」と述べました。

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