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ミャンマーのNLD=国民民主連盟は、1988年の9月27日にアウン・サン・スー・チー氏らによって結成され、非暴力的な運動でミャンマー民主化の原動力となってきました。

しかし2年前のクーデター以降は軍による弾圧が続き、これまでに党員1235人が拘束され、このうち26人が尋問中に死亡したほか、去年7月にはスー・チー氏の側近だった元議員に死刑が執行されています。

こうした中、非暴力主義を捨て、武器を手にとる党員も現れています。

NLDの元地方議員だった男性は、ミャンマー北西部で民主派勢力の武装組織を束ねる存在となりました。

男性はNHKの取材に「平和的なデモで状況はよくならず、代わりに多くの命が奪われた。われわれが武力抵抗の道を選んだのではなく、軍によって武器を持つようしむけられたのだ」と話し、やむをえない選択だったと強調しました。

一方、ミャンマー議会の元議員だった女性は、クーデター後、命の危険を感じて国外に脱出し、いまはアメリカなどを拠点に民主化運動への支援を訴える活動を続けています。

女性は、民主派の武装勢力の活動に理解を示しつつも「軍人が武器のみに頼るのであれば、この国に平和が訪れることはない。女性の政治参加こそが平和をもたらす。国民に選ばれた議員の一員として、責務を全うしなければならない」と話し、あくまで非暴力での抵抗運動を続ける決意を示していました。

軍による弾圧が弱まる兆しが見えず、現地の人権団体によると今月22日の時点で4100人の民間人が犠牲となる中、NLDの党員たちはそれぞれのやり方で民主化への道を模索しています。

ミャンマーNLDの歩み

ミャンマーのNLD=国民民主連盟は、軍政下で民主化を求める声が高まる中の1988年9月27日、アウン・サン・スー・チー氏らが立ち上げた政党です。

2年後に行われた選挙では国民からの圧倒的な支持を得て勝利しましたが、結果を認めない軍がクーデターを起こし、スー・チー氏は自宅軟禁となりました。

その後、民政への移管にともない2012年の選挙でNLDの党員が当選し、2016年にはスー・チー氏が国家顧問として率いる政権が発足しました。

しかし軍はNLDが圧勝した2020年の選挙結果を認めず、おととし2月に再びクーデターを起こしてスー・チー氏を拘束しました。

さらにことし3月には、軍の影響下にある選挙管理委員会がNLDの政党としての登録を取り消し、活動を非合法化しました。

党首のスー・チー氏は首都ネピドーの刑務所に拘束されていて、政治的発言はクーデター後伝えられていません。

関係者によりますと、この夏、収監されている部屋が狭く空気の流れが悪いことから体調を崩し、めまいやおう吐の症状がでたということで、78歳という年齢もあり体調が心配されています。

#ミャンマーアウンサンスーチー・1988年9月27日「NLD=国民民主連盟」結成から35年)

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#ミャンマーアウンサンスーチー・歯茎の腫れ・刑務所医師による治療・外部診察軍政拒否)

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