#天皇家
1185年12月4日、後白河法皇が源頼朝に源義経追討の院宣を下しました。
— RekiShock(レキショック)@日本史情報発信中 (@Reki_Shock_) December 3, 2023
平家滅亡直後から対立が始まっていた義経と頼朝でしたが、後白河法皇は当初義経に味方していました。
しかし義経に兵が集まらないのを見るとすぐに頼朝に鞍替え、追い詰められた義経は東北へと落ち延びることとなります。 pic.twitter.com/IkXswx5ymq
1890年12月4日、北里柴三郎らがジフテリアと破傷風の血清療法を発表しました。
— RekiShock(レキショック)@日本史情報発信中 (@Reki_Shock_) December 3, 2023
血清療法は菌体を少量ずつ動物に注射しながら血清中に交代を生み出す画期的な手法でした。
北里はこれら活躍によりノーベル賞候補となりますが、共同研究者のベーリングのみが受賞する結果となってしまいました。 pic.twitter.com/VS6UuiQErU
1899年 12月4日、松井千枝子が生まれました。
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五所平之助の初監督作品である『南島の春』でヒロインを務めるなど、大正期を代表する女優の一人でした。
妹の潤子も女優として活躍しており、モダンガール役が多い潤子と比べ憂いを帯びた和風美人の役で定評を得ますが、29歳の若さで亡くなりました。 pic.twitter.com/WlUnrqOh4d
日本人の祖先と聞いてどんなイメージを持ちますか?
— NHKニュース (@nhk_news) December 4, 2023
実は東南アジア、タイの奥地に暮らすある少数民族が“最初の日本人”の「親戚」とも言える存在であることが近年のDNA解析で判明したのです
日本メディアとして初めて接触に成功したその民族とは?
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現代の中国人やベトナム人などはDNAの特徴が似ており、図の中心部分に一直線に並んでいますが、現代の日本人は左上に外れています。そしてそのさらに左上に「縄文人」が位置しています。
現代の日本人が、縄文人のDNAに影響されて、ほかの現代の東アジア人とは異なる遺伝的特徴を持っていることが示されているのです。
20~30万年前にアフリカで誕生した人類は、6~7万年前にアフリカを出ました。
ヨーロッパ方面へと向かったグループや、ユーラシア大陸を北まわりで移動したグループもいましたが、”最初の日本人”のルーツになったのは東南アジアへと向かった「南まわり」のグループでした。
4~5万年前に東南アジアにたどりついたグループは、そこでホアビニアンになった集団と、さらに海岸沿いを北上した集団に分かれました。
そして、北上した集団が、今から3万年以上前に日本列島にたどりついたと考えられるのです。
東南アジアではその後、北から農耕民族が流入しホアビニアンのDNAは失われていきました。
そんな中、マニ族は外部との接触を絶ち続けたため、奇跡的にホアビニアンのDNAを色濃く受け継いでいると考えられています。
一方、日本では海で囲まれていたこともあり、アフリカから大陸を経てやってきた古いDNAの形質が「縄文人」として、残っていきました。
アフリカから日本へ、太田教授が考える、壮大な旅路の全容です。
#B本人の祖先(古代DNA解析)