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明治憲法が「統治権」を重視した背景には、起草者である伊藤博文=井上毅が、大隈らイギリス派の政治家を失脚させてまで、ドイツ憲法学を参考に憲法を制定する方針を貫いたことがあった。彼らはプロイセン憲法やドイツ国法学における「Herrschaftsrechte」「Regierungsrechte」といった概念を参考にして、「統治権」を鍵概念とする大日本帝国憲法を起草した。官僚養成の使命を持つ東京帝国大学法学部が、ドイツ国法学の牙城となっていったのは、当然であった。

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また早稲田大学の前身は、大隈が設立した東京専門学校です。実は、酒の席で福沢諭吉に「あなたも学校をおやりになったらどうです?」と勧められて1882年に作ったのが東京専門学校でした。

自分の後継者を育てるべく、立憲政治の指導的人材の育成を目的としています。イギリス流政治経済学の構築を目指しました。大隈は、この東京専門学校の初代総長になっています。

ちなみに東京大学は、ドイツ流の法学を中心とする学問形態です。

しかしその後、大隈は政界から追放されることとなります。憲法をドイツ(ビスマルク)型にするかイギリス型にするかで伊藤博文・井上馨と対立したんです。伊藤と井上はドイツ型支持でした。

こうして、イギリス型を支持する大隈は政府から追放されたわけです。これを明治十四年の政変と言います。

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