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日銀は「財政政策」に踏み込んだのか|辻広雅文 プリズム+one|ダイヤモンド・オンライン

目標が達成されるまで約束した常態を続けることを「時間軸政策」と呼ぶ。言い換えるなら、「消費者物価指数上昇率0〜2%」を目標としたフレキシブル・インフレーション・ターゲティングである。これも、より鮮明な表明になっているが、従来路線の明確化である。


 ちなみに、フレキシブル・インフレーション・ターゲティングは、この9月26日――「包括緩和」決定の9日前――『中央銀行の役割〜バブル・金融危機・デフレの経験を踏まえて〜』と題した講演のなかで、白川総裁が使った言葉である。白川総裁は、英国をはじめとするインフレーション・ターゲティング採用国では、厳格な数値目標と機械的な運営から脱して柔軟性を強調する方向にあり、一方、日本や米国のように採用していない国でも中期的に見て望ましい物価安定の数値を公表、互いに手法は似通ってきている、と解説した。

 国債購入については残存期間1〜2年程度の長期国債を、通常の金融調節とは別に購入する。短期金利の低下余地が乏しいため、長めの金利の引下げを図るためだ。ETFREITを購入することは、間接的に株式や不動産を購入することと同じで、株式市場や不動産市場におカネを流れ込みやすくする効果を狙っている。いわゆる信用緩和といわれる政策である。

 中央銀行の金融政策は、伝統的金融政策と非伝統的金融政策に分けられる。


 前者において購入されるのは、伝統的な国債などのオペ対象資産、つまり安全な短期金融資産である。後者において購入されるのはリスク資産と呼ばれる株式、格付けの低い社債、外貨建て資産などだ。つまり、場合によっては損失が生じて、中央銀行の財務が悪化しかねない金融資産が対象になる。ETFREITはむろん、後者である。

 もうひとつ、この5兆円基金には問題がある。長期国債の購入が通常の金融調節と別枠で行われるのは、「日銀券ルール」の対象外とするためである。「日銀券ルール」とは、日銀券つまりお札の発行残高以内に長期国債保有残高を抑えなければならないというルールである。だが、長期国債の買い取り余力は20兆円以下に割り込み、購入余力が低下していた。だから、別枠を用意したのである。


 国債はむろん、安全資産である。だが、ルールを越えて大量に保有すれば、後述するような歪みが発生する。つまり、伝統的金融政策の対象にも”異例の措置“がなされている。

 実は、この「国債買い入れの事実上のルール撤廃」と「リスク資産の買い取り」という二つの異例な措置は、政府が深く関わる問題である。

1. インフレに苦しんだ歴史から、多くの国で中央銀行による財政の直接ファイナンス、すなわち国債引き受けは禁止されている。
2. 実は、中央銀行による市場からの国債買い入れも、諸外国では「非伝統的政策」に位置づけられ、その是非が議論されている。
3. 一方、日銀にとっては「伝統的政策」そのものの通貨供給の主要手段であり、買い入れ規模はG7諸国で最大である。
4. だが、いくらでも買えるわけではない。中央銀行による国債買い入れが財政ファイナンス、いわゆるマネタイゼーションを目的として見られる場合、将来のインフレ予想から国債金利が上昇する。
5. その場合、中央銀行国債保有量もそれに見合って減らさなければならない。
6. したがって、中央銀行国債買入れのときには、将来の経済の姿や自らのバランスシートの規模を予想しながら、最大限の注意を払う。

1. 今回の金融危機では、クレジット市場の機能が大幅に低下し、日銀も欧米の中銀も、CPや社債などを買い入れた。
2.これらの措置は、最終的に損失が発生する可能性があるという点、ミクロの資金配分・資源配分に介入する程度が強いという点で、財政政策に近づくものだった。
3.したがって、英国ではBOE国債買い入れに対し、政府が損失補償の契約を結んだ。
4.民主主義社会においては、政策の本質が財政政策に近づくほど、実行主体ないしリスクの負担主体としては政府が適切である。
5.主要国の政策金利は実質ゼロ金利であることから、金融政策を通じて景気刺激策を追求しようとすると、財政政策の領域に近づくことになる。
6.これは、中央銀行が自らのバランスシートをきれいに保ちたいがための主張ではなく、民主主義社会における政策決定に関わる本質的な議論である。

 損失が発生する可能性があるので財政政策に近い、というのは、税金が関係するからである。リスク資産に現実に損失が発生して、日銀の利益が減少すれば、日銀からの国庫納入分が減る、つまり税収が減るということになる。あるいは、損失が累積して債務超過に転落すれば、バランスシートの改善に財政支出が必要になる。税金の投入である。

 税に絡むことは財政政策である。財政政策であるなら、政府が行うべきである。なぜなら、日本は憲法83条「国の財政を処理する権限は、国会の議決に基いて、これを行使しなければならない」という財政民主主義を採っているからだ。白川総裁が、「民主主義社会」という言葉を繰り返しているのは、そうした意味である。

 こうした金融政策と財政政策のかかわりについては、岩本康志・東大教授が優れた論考をブログ上で展開されているから、ごらんいただきたい。

池尾和人・慶大教授は、国債買い入れによる量的緩和は実質的な財政政策であり、その妥当性は日銀に押し付けずに、政治が責任を持って判断せよ、と指摘している。

 白川総裁はこうした政治的な現実の中で、本質的には政府がなすべき財政政策であると考えながら、「包括緩和」と名づけた金融政策のうちのメニューに取り込みつつ、講演会では当事者としてはぎりぎりの表現方法で警告を発したのではないだろうか。金融政策という名の財政政策に踏み込むには、限界がある――。

 緊急対策だから仕方ない、あるいは、この程度であれば影響は小さい、という言い訳を重ね、既成事実を積み上げた結果、取り返しがつかない結果に至る――そんな失敗を、われわれは歴史上何度も経験してきたはずである。

http://d.hatena.ne.jp/d1021/20101005#1286236624


http://d.hatena.ne.jp/d1021/20100915#1284506455
http://d.hatena.ne.jp/d1021/20090601#1243856097
http://d.hatena.ne.jp/d1021/20080616#1213599910