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学部概要(情報コミュニケーション学部とは) | 明治大学

「情報」は、マスメディアや書籍、スマートフォンやパソコンを介してアクセスし取得する静的なもの、他方「コミュニケーション」は、人と人との言葉やジェスチャーを通した動的な交流です。「情報」と「コミュニケーション」は切り離すことができない、一体化したプロセスだと私たちは考えています。

学部長メッセージ | 明治大学

大学生活の4年間は、人間としての「幅」を築くときです。目先のことにとらわれることなく、「人間とは何か」とか、「社会はどうあるべきか」とかと、思索をめぐらすのに格好の機会です。
地球上に生まれた生命が人間へと至る「生物の歴史」、高度な言語をもった唯一の動物である人類が刻んだ「文明の歴史」、個々の人間の内面を占める「思想や宗教」、世界各地に分布した人間社会の多様な「文化や制度」、その拡大した人々を一様に取り巻く「地球環境」など、ふだんの生活ではあまり考えることがない、壮大なテーマに取り組むのが、大学です。
現代の情報社会では、情報メディアの発展に伴い、社会の仕組みの変革がせまられています。変化が激しく不確実な時代になればなるほど、こうしたテーマに取り組んだ経験がものを言います。従来の画一的なものの見方で対処できなくなったときには、新しいものの見方を創造しないとならないからです。
情報コミュニケーション学部では、さまざまな興味をもった人々が集い、多くのテーマが広い視点から議論されています。社会の第一線で活躍する講師も大勢招かれており、刺激に満ちた授業が展開されています。
そうした「学びの場」に参画しているうちに、情報社会を見る目が自然に養われます。将来の社会で道に迷ったとしても次の道がおのずと見えてくる、そうした「地図」が、あなたのなかに築かれることでしょう。

例えばこんな視点で社会が見えてくる | 明治大学

  権力もメディアも現実の情報の一部分を切り取って、何を公表し何を公表しないか選別し、ある一定の価値観のもとに編集・再構成するのです。メディアを介して私たちが見るものは、社会の現実のありのままの姿を描いたり反映したものではく、あくまで権力やメディアが意味付けた「現実」であり価値観でしかありません。
  誰でも情報の発信者であり受信者でありうる高度情報化社会においては、私たちはこの氾濫する虚実入り混じった情報の中から真実の情報、価値ある情報を見分け、選り出す確かな目が問われています。

  一方通行の片思いであろうと、相思相愛の大恋愛であろうと、法律は「恋」という感情には干渉しません。法律は、コミュニケーションの歪みやコミュニケーション不全によって混乱やもめ事が生じた場合あるいは生じそうな場合に初めて登場するのです。

  このように法律は、個人や集団相互の対立による混乱や紛争を避けるための決まりや約束事であり、また混乱や紛争が生じてしまった場合の紛争解決のルールです。つまり法律は、コミュニケーション・ルールといえます。
  また,具体的事件で法律が適用される場面は紛争当事者間のコミュニケーション・プロセスです。例えば、離婚調停や裁判は、夫と妻が、弁護士や裁判官などの助けを借りながら、子どもの親権・養育費・慰謝料やそもそも離婚するかどうかについて、情報や意見・感情を共有していくコミュニケーション・プロセスです。

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