「面白いネ」と先生はおっしゃって、私の顔をごらんになった。「ここに五井昌久という五尺二寸そこそこの人がいるでしょう。ところが私の本体はものすごく大きく、宇宙一杯にひろがっているんだ。けれど私はその本体を必要に応じて少しづつしか現わしていない。(1/4)
もしいつも本体のまま現わしていたら、みなさんとつきあっていけませんよ。子供がくれば子供と一つになって遊び、老婆がくれば老婆のグチを親身になってきいてあげる。苦しんでいる人があれば同情して共に苦しみ、共に悩む。(2/4)
しかし苦しんだり、悩んだり、泣いたりしているからといって、私はそれに把われているわけではないから、本当に悩んだり苦しんだりしてはいないのです。といってお芝居をしているのではない。その時は本当に悩み苦しんでいるんだ。わかるかな……(3/4)
私はつねに光明の中にいて、そして相手と一体になっているんです。相手の欲望のまま、想いのままに動かされているのではなく、相手の欲望、想いを浄めているんです。そこのところは外形を見ただけではわからないかもしれないね。けれどそういうもんなんだよ……」(4/4)