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天皇陛下が拠り所とされている法学と哲学 あの戦争を二度と繰り返さないために・・・ | JBpress(日本ビジネスプレス)

 ヴェルツェルの「目的的行為論」が発表された2年後の1933年、ドイツではナチス・ドイツが政権を奪取します。


 実際には「行為」がないにもかかわらず、社会に有害なリスクをはらむ「内面」を持つ、としてナチスによる予防拘禁(Sicherungsverwahrung=preventive detention)が横行する背景を作った側面も指摘されています。

 イタリアの精神科医チェザーレ・ロンブローゾ(1835-1909)は1876年の「犯罪人論」で相当量の解剖などに基づくものであるとして生得的犯罪人説を主張、1885年には「国際犯罪人類学会」を設立します。


 さらに著名な作曲家・ピアニストであるフランツ・リストの従弟でもあるハレ大学〜ベルリン・フンボルト大学法学教授フランツ・フォン・リスト(1851-1919)が社会政策の観点を加えて「新派刑法学」を完成(1889)します。


 この年号に見覚えはないでしょうか・・・1889年、大日本帝国憲法が発布された年です。つまり「新派刑法学」は欽定憲法の誕生と前後して確立され、ダーウィン以降の最新科学に基づく「最も進んだ法学理論」として明治期の日本に導入されたわけです。


 これに対して、フランス革命を挟む時期に、ベッカリーア、フォイエルバッハなどが展開した法理論は、社会契約説、またカントの批判哲学を背景として個人の理性を重視し、主体性と自由意志を尊重し「旧派刑法学」と呼ばれました。旧派も前期後期などと分けられますがここでは簡単に触れるにとどめます。


 「純粋理性批判」などの著書からも明らかなように、カントは個人の理性を重視する哲学を展開しました。


 これに対してダーウィン以降の科学を反映したと称する(今日では明らかに疑似科学として廃されている)ロンブローゾの犯罪人類学やフランツ・フォン・リストの新派社会法学は人間の自由意志を否定し、犯罪はそれを犯す遺伝要素を持った人間が犯罪を涵養する環境で実行に移したものと見做します。


 犯罪とは、遺伝的犯罪者の「反社会的な性格」が表に現れたもので、問題になるのは個々の犯罪行為ではなく、犯罪者自身が問題となり、そういう人間が社会に害毒を及ぼさぬよう「遺伝的犯罪者」は社会から隔離して、予防的に拘禁することが公共の利益に合致する社会政策として適切である・・・。


 このような観点から「法学」が展開され、ドイツで「遺伝的劣等民族」ユダヤ人への差別政策が公共事業として実施されたことは周知のことでしょう。


 しかし、あまり強調されていませんが、1890年代から1945年までの戦前の日本でも、牧野英一(1878-1970)を筆頭に刑法の一大潮流として新派刑法学は勢力を誇り、そうした背景のもとで治安立法や翼賛体制が進んだことは認識しておいてよいと思います。


 このあたりは直接ご本人からうかがって「面白いなぁ」と思ったのですが、一般的には牧野は新派刑法学、その弟子である小野清一郎(1891-1986)が新古典派(後期旧派刑法学)に転じ、小野教授が指導教官であった團藤重光先生も旧派=新古典派刑法学の観点から、戦後GHQと交渉し、新憲法下での刑事法制を確立(日本語・英語で刑事訴訟法を書き下ろされた)します。


 團藤先生は率直に言って「小野先生」には非常に批判的で「牧野先生」を高く評価しておられました。


 と言うのも、新派に立脚するとしながら「牧野先生」が社会全般や自然科学にまで広く目を配る大教養人で、「新派刑法」もこれを性善説的に解釈することで司法の現場にで「執行猶予」の積極的活用などを主張、「自由法学」を提唱し、若き團藤青年はその学統を継ごうと考えました。


 これに対し、旧派に戻ったと言いながら「小野先生」は個人の理性による犯罪抑止の限界に対して、国による道徳秩序の維持指導の観点を強調することで戦前、戦時中の国家主義の暴走を許す面があったなどとして、團藤先生の評価は非常に辛かった。


 これは満州事変の時期に学生として学び、2.26事件は法学部助手、直後から翼賛体制下で東大助教授を務め、戦後、年長の教授が軒並み公職追放となるなか、30代前半で単信GHQと交渉し、戦後日本の民主的な刑事司法制度をゼロから確立された、その中で抱かれた確信であったように思います。


 「天皇の戦争責任」が問われたそのタイミングで、若干32歳の團藤助教授は、上が軒並みいなくなった東大法学部で日本の法治の大黒柱として踏みとどまった。


 そこで團藤先生が心の支えにされたのが幕末の経緯であり陽明学であった、といった内容は、法律家にははなから問題にされないことが多いですが、ご本人は本当に大切に伝えたいと切望しておられました。

http://d.hatena.ne.jp/d1021/20160824#1472034959
http://d.hatena.ne.jp/d1021/20160813#1471085085