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大政奉還から4か月後の明治元年天皇に謁見するため京都御所に向かっていた駐日英国公使のハリー・パークスの一行が、攘夷派の志士の林田貞堅ら2人に襲われました。
パークスにけがはなく、2人は一行を先導していた薩摩藩出身の中井弘らに討ち取られました。大きな外交問題には発展しませんでしたが、いわゆる「パークス襲撃事件」として知られています。
この事件とは別の調査で、京都国立博物館が、ことし7月、林田の墓の近くにある東山区の霊明神社を調べたところ、林田が事件で使った刀が残されていることがわかり、資料などと照合して本物と確認しました。
林田の刀は「兼元」という銘があり、室町時代に作られたとみられるということで、刀の刃渡りは74センチ余りあり、刃こぼれが斬り合いの激しさを物語っています。
この刀は、中井が林田を討ち取った刀とともに来月15日から京都国立博物館の特別展で公開されます。
博物館の宮川禎一上席研究員は、「パークスがけがをしたり、亡くなっていたりしたら、その後の時代は大きく変わっていたと思います。刀の傷を見て当時の事件の様子を感じて欲しい」と話していました。