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「コンビニでおでんを買ったと考えてみてください」


森谷社長が言う。さっそく、コンビニでおでんを買った姿を思い浮かべてみる。


「手に持って運ぶと汁がこぼれやすいですよね。でも、ビニール袋に入れて運ぶとこぼれにくい。それと同じ原理なんです」


安定させようと、両手で抱えるように器を持ってゆるりと歩いたとしてもおでんの汁は波打つ。それがビニール袋に入れて、袋の紐の部分を持って歩くと、三角形の頂点のみ固定された状態になり、おでんの器は水平を保ちやすくなる、ということだ。


「カーブすれば車体は斜めになりますが、出前機の荷台は常に水平なんです。どうぞ触ってみてください」


荷台を横から押すと、フワッと抵抗なく左右に揺れた。いかつく見えるが、上部2カ所が留められているだけなのだ。揺れすぎ対策にスプリングが装着されているものの、蕎麦の入った巨大な袋をぶら下げているようなものである。また、前後にもするする動く工夫がなされている。海を漂うクラゲのように、出前機は徹底して揺れに逆らわない。


上下の揺れを受け持つのは大小の空気バネ3基。これがまた驚くほど敏感に振動を吸収してしまう。衝撃を感じると同時に自ら軽く伸び縮みすることで“被害”を防ぐのである。バイクのエア・サスペンションより先に開発されたという説もあるくらいの優れものなのだ。

出前機が商品化されたのは昭和30年代前半のこと。考案者は都内の蕎麦屋店主。増え始めた車に、出前持ちの自転車が接触する事故が相次ぐ状況を改善するのが目的だった。ただ、出前に力を入れる店は外番を抱えているため、すぐには切り替えられない。出前機の導入はリストラにつながるからだ。高く積んだ蕎麦を片手で持ち、自転車で颯爽と動き回る出前持ちは、蕎麦屋の象徴でもあったのだ。


普及のきっかけは何だったのだろう。


東京オリンピックで聖火を運ぶ際、途中で消えたら困るので、予備の聖火を出前機で運んだ。それが話題となって……ということになっていますが、実際は違うようです。車をかき分けるように走る蕎麦屋の出前の姿を目にした外国人観光客が、日本では何であんな危険な行為が許されるのかと訴えたことで、警察からの指導が入ったようですよ」


それ以前から自転車の片手運転は禁止されていたが、事情を鑑みて目こぼしされていたようだ。外からの指摘を受け、警察も動かざるを得なくなったということらしい。そこから一気に出前機が普及していくわけだ。