生誕65年「#テレサ・テン」の遺品が台湾で“ゴミ扱い”されているhttps://t.co/nTAjCg1F6f
— デイリー新潮 (@dailyshincho) 2018年2月22日
生誕65周年の今年、日本ではCD4枚組のベスト盤 も発売される予定だが、彼女の故郷・台湾では、彼女の記念館 は閉鎖、遺品はゴミ扱いになっているという
台湾では政府への協力を条件に不起訴処分となり、中華民国軍の広告塔として活動することに。
「ちょうどその頃 、中国でも彼女がカバーした『何日君再来』が大ヒット 。『昼は蠟小平の話を聞き、夜は蠟麗君の歌を聴く』とまで言われていたといいます。しかし、中国共産党は83年頃、台湾の広告塔である彼女の歌を『退廃的だ』と発禁処分にしてしまいます」
そんな彼女が再び来日するのが84年。「つぐない」で再デビューすると、有線放送チャートで年間1位となる大ヒットとなり、「愛人」(85年)、「時の流れに身をまかせ」(86年)と立て続けにヒットを飛ばす。
当時、改革開放路線を進める中国は、86年、テレサ・テンの歌をようやく解禁。87年 、彼女は日本を離れ、香港へ移る。そこで民主化コンサートなどに参加していた彼女だが、89年に天安門事件が起こる――。
「そうした政治活動が知られるようになったのは、95年に彼女が亡くなってからですね。台湾、中国では流行歌手としての人気はもちろんですが、中国共産党に批判的な中国人にとっては、自分たちの代弁者としての人気もあった。ですから余計に暗殺説など憶測を呼んだのです」
「高雄市のホテルは9月に入って、中国人観光客から3000室分ものキャンセルが相次ぎました。中国からの独立を掲げるチベットの中心こそ、ダライ・ラマです。中国政府が人民に高雄へは行くなと命じたのでしょう。昨年(2017年)は韓国に米軍のミサイルが設置されたことで中国は“禁韓令”を出しましたよね。中国にとって海外に行っては爆買いする人民は武器でもあり、相手国が何か起こせば旅行会社に圧力をかけて出国の規制をかけますからね。この時は、駐日中国大使から台湾担当となった王毅が、10年1月に高雄市の代表団と会見して解禁を解いた。そこでようやく10年4月に本格オープンしたのが『テレサ・テン記念館』です。台湾人にも彼女のファンはいますが、実は多くは『嫌いでもなければ好きでもない』という人が多い。政府寄り、特に国民党の広告塔というイメージもあるのかもしれません。結局、記念館を支えていたのは実は、中国人観光客だったんです」
[竹野內豐 Yutaka Takenouchi] 何日君再來 日版 by 李香蘭 (山口淑子) 日劇 流転の王妃 - 最後の皇弟
http://d.hatena.ne.jp/d1021/20180221#1519210028
http://d.hatena.ne.jp/d1021/20180201#1517481804