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 私が長らく身を置いてきたのは、大相撲という勝負師の世界でした。皆が強くなりたい一心で飛び込んできて、猛稽古を積み、それでも関取以上になれるのは、ほんの一握り。ですが、人生という長いスパンで考えた時、一定の地位に到達することだけが成功ではありません。強くなり、地位が上がれば、それに比例して大変な日常が待っています。私の場合、決して望んだわけではないのですが、現役時代、師匠時代を通して、何かと公私にわたって話題にされることの多い人生でした。

 物事には、必ずそこに至る背景や事情が、前段階として存在するものです。話題性のある経過だけがクローズアップされた時、「本当はこうなんです」と、私は自ら発信する場面をあえて作らずに生きてきました。身の回りで起きている事象が切り取られて語られることについて、葛藤がなかったといえば、ウソになります。ただ、報道する側の方々にも理解されない舞台裏があり、誤解や誇張交じりの情報が悪気なく世間の皆さんに伝わっていくのは、もう仕方がないことだよなと割り切っていました。

 私自身は何かを起こすつもりはなくても、結果として、いつの間にか何かしらの対立構図が生み出されていく――。私の行動の大半は、やむにやまれず、そうせざるを得なくなってのものでした。私は常々、志を胸に、淡々とやるべきことをやっていくのみ、その理念を最優先にして生きてきましたから、理解されなかったとしても、後悔はありません。「何十年後かにでも、本当のことを分かってもらえたら、それでいいや」というくらいの感覚でした。

 一方で、そのためにも、いつかどこかで、自分の生きて来た道、真実の部分を残しておく必要があるだろうなと、なんとなく頭の片隅では考えていたのです。過去にもメディアを通じて、自分の半生を振り返る機会は幾度かありましたが、我ながら決して平坦な道を歩んできたわけではないですし、全てを包み隠さず打ち明けるとなると、相手は誰でもよいわけではありません。

 そんな中、私の半生を連載にできないかと提案してくれたのが、個人的な付き合いのある「週刊文春」さんでした。これまでも折に触れて取材をしていただいたご縁があり、気心が知れている安心感もありました。連載を快諾したのは、公表を前提としてよりも、まずは誰かに真実を伝えておきたい、書き留めておいていただきたいという思いの方が強かったような気もします。

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