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箕作城跡

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開口神社 (大寺さん)

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これまでの光秀は、絶えず権力と権力の間に立って、『麒麟という不思議な聖獣を呼び寄せることができる人物は誰だろう?』と思案しながら、苦悩しながらも生きてきました。そして、斎藤道三織田信長松永久秀足利義輝など、多くの権力者たちを偏見のないニュートラルな目で見ながら、そこで自分はどうあればいいのかを絶えず考えていました。

光秀のように権力者たちを客観的に観察し、その人間関係を平等な立場で見ていると、どうしても権力と権力の真ん中に立ってしまう。
すると今度は、「お前はどっちにつくんだ?」
と判断を迫られる。
それが間に立つ者の宿命だし、
つらさだと思います。
そのような光秀の葛藤を美濃編、越前編では描いてきました。

光秀は、戦国の英雄たちに近づいたり、離れたりしながら、権力闘争を外から見ていましたが、これからは将軍・義昭のそばで室町幕府という権力の片棒を担ぐことになります。自らが政治を動かす人間になっていくわけです。
すると、世の中のゆがみを正し、麒麟がくる穏やかな国をつくるために、自分が間違っていると思う敵を倒さなくてはいけなくなる。

争いのない世を求めているのに、
自分が率先して戦わないといけない。
そこにあるのは、平和の手段は
戦(いくさ)だという自己矛盾です。

立場は違っても、義昭も同じような自己矛盾を抱えていきます。お坊さんのころは、一部の貧しい人にしか施しを与えることができなかったけれど、将軍になれば国中の貧しい人たちを救うことができると思っていた。ところが、自分の周りでは絶え間なく権力争いが繰り広げられており、誰も自分の言うことを聞いてくれない。そうなると、自分の声を聞いてくれる人を集めて、言うことを聞かない人たちを倒すしかないわけです。貧しい人たちを巻き込む戦をするしかないのです。

光秀にしろ、義昭にしろ、
権力を持った故のつらさを僕はこれから
描いていくのだと思います。

英雄たちは、大名だったりするのでみんな権力もお金も兵もたくさん持っています。しかし、この作品で登場するオリジナルのキャラクターたちは、そのような背景を持っていません。駒も、東庵も、伊呂波太夫も、もともと三河の百姓だった菊丸も、言ってみればみんな庶民で、非常に低い目線で世の中を見ながら、争いのない世になることを望んでいます。普通に働いて、普通に暮らしたいと思っている。でも、いざ戦がはじまると戦火に巻き込まれ、多くを望まない暮らしさえも壊され、命を落とすのは、このような庶民たちです。

戦国時代の物語というと英雄たちが絢爛豪華(けんらんごうか)に戦う戦国絵巻というイメージかもしれませんが、そうじゃない人たちのほうが圧倒的に多い。そういう「名もなき人々」の代表としてオリジナルの人物を登場させています。

成り上がりで田舎者の信長からすると、光秀は貴重な存在です。大好きな帰蝶の父親である道三の下にいたし、鉄砲にも詳しくて、さらには義輝のころから将軍家ともつながりがある。学識もあるし、世の中の動向を冷静に見る目も持っている。 この先、光秀は幕臣として一気に歴史の表舞台へ駆け上がっていくし、信長も幕府を立て直して、自分の権力をさらに拡大しようとします。信長は「自分の家臣にならぬか」と光秀を誘いますが、自分のところにこようが、将軍のところへいこうが、じつはどっちでもいいと思っている。なぜなら、やろうとしていることは同じだから。 “大きな世をつくる”。そのことで2人はつながっているので、お互いの立ち位置はどこでもいいのです。

同じ夢を描いている2人ですが、
やがて光秀は本能寺へと
向かわざるを得なくなる。

何が光秀を駆り立てたのか?
そのクライマックスに向かって、

物語は大きく動き出します。


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