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ついには、この問題を巡って皇族内の不協和音が報じられ、今回の天皇会見への注目を見ればわかる通り、この問題に関しての天皇の言動にまで人々の視線が集まる事態となっている。

とりわけ、「国民の皇室からの離反を懸念されている上皇妃・美智子さまの心労は限界に達している」(宮内庁関係者)という。小室さん問題を一つの象徴として皇室にどこか落ち着かない状況が続いていること、そして、そうした状況のもとで国民の心が皇室から離れていくかもしれないこと――美智子さまの心労の原因はこのあたりにあると考えられるが、ある官邸スタッフはこうした状況を指して「皇室有事」と呼んだ。

じつはいま、この「皇室有事」と美智子さまの重なる心労を受けて、官邸が動きを見せている。

菅義偉内閣が検討しているとされるのは、沖田芳樹内閣危機管理監宮内庁への転出である。沖田氏の新ポストとして取りざたされているのは、前天皇夫妻をお世話する「上皇侍従長」だ。

かつて沖田氏は、宮内庁に足掛け5年在籍し、総務課長から侍従を歴任した。上皇夫妻の信任が極めて厚く、この「皇室有事」へ緊急避難的措置として、沖田氏に白羽の矢が立ったようだ。

宮内庁では、侍従職東宮職、式部職の、三つの部署を総称して「三職」と呼ぶが、2019年当時それぞれのトップには河相周夫侍従長、小田野展文東宮大夫、秋元義孝式部官長が就き、これに西ヶ廣主管を含めた四ポスト全て外務省出身者で占められていた。

とりわけ、東宮職は皇太子妃・雅子さまが外務官僚から宮中入りしたこともあり、雅子さまに仕える人々は父・小和田恒国連大使の外務省人脈で固められ、「外務省の一外局」と揶揄されるほどであった。

しかし、宮務主管交代劇で、外務省による「宮内庁支配」の一角を崩した上、「宮内庁改革」を模索する警察庁が初めて要職を奪取することになった。警察庁出身の杉田副長官にとっては正に“一石二鳥”。なお、官邸と警察庁の相性は非常にいい。

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日本の古代国家は「律令制」というシステムによって治められていました。律令制の大原則は「公地公民」。つまり、日本全国の土地と人民は天皇のもの、ということです。したがって、支配階級である貴族たちは、天皇に仕える役人としてポストとサラリーをもらう立場であって、誰も土地を私有することはできない法体系になっていました。
でもほら、そこはそれ。支配者が全く何の資産も利権も持たないなどということは、現実にはありえません。彼らは、どうにかこうにか法の抜け穴を見つけて、蓄財や資産形成に励みます。それが、荘園です。

そこで、たびたび荘園整理令が出されることになります。荘園の申請書類を調べなおして、手続きに不備や疑問のある荘園は認可を取り消すわけです。この荘園整理を大々的に行ったのが、後三条天皇(在位1068~72)という人でした。

後三条天皇の荘園整理令は、かなりの成果をあげました。でもほら、そこはそれ。この手の改革というものは、最初は華々しく打ち出しても、いつのまにか既得権益をもつ抵抗勢力によって骨抜きにされてしまうのが、世の常です。後三条天皇はわずか4年で、息子に位を譲りました。

こうして、1072年(延久4)に即位したのが白河天皇でした。白河天皇は、国庫収入が減って天皇家の力が衰えるという問題に、父の後三条とは間逆の解決策で挑みました。天皇家私有財産をもつための、法の抜け穴を見つけたのです。

天皇を引退して上皇になってしまえば、政治的にはフリーです。そのフリーの立場を利用して、利権をかき集めることにしました。方法はいくつかありますが、一番手っとり早いのは、寺を建てることです。

明治維新以前の日本は仏教国でしたから、天皇家仏教徒天皇上皇崩御すれば、葬式は仏式で出されます。ですから、引退して政治的にフリーとなった上皇が、個人の信心で寺を建てるのは自由。その寺に荘園を持たせればよいわけです。早い話、宗教法人を隠れ蓑にした蓄財のようなものですね。さらに、上皇が出家して法皇となれば、寺を建てても誰にも文句は言われません。

白河上皇がつくり出した院政というシステムは、王家が財力を集めて貴族社会に君臨するための、現実的な方策でした。しかし一方で、利権をめぐる権力者たちの暗闘に武士たちが介入する下地を作りだした、という意味では、天皇家と貴族社会にとって諸刃の剣ともなったのです。

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