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26日投票が行われたドイツの連邦議会選挙は、二大政党のうち、中道左派社会民主党が第1党になり、メルケル首相が所属する中道右派キリスト教民主・社会同盟は議席を大きく減らして第2党になりました。

また、環境政策を前面に掲げる緑の党が第3党に躍進したほか、市場経済を重視する中道右派自由民主党議席を増やし、これに続いています。

いずれの政党も議会の過半数には届かず、二大政党はどちらも、緑の党自由民主党を引き入れた連立政権の発足を目指していて、今後交渉が活発化します。

緑の党自由民主党は、理念や政策に大きな隔たりがある一方で、いずれも若者の支持を受け政治の刷新を目指す点では共通しています。

このため、まずは2党間で政策の歩み寄りに向けた協議を行うと見られ、その後、社会民主党キリスト教民主・社会同盟のどちらが両党を連立政権に引き込めるかが、焦点となります。

16年にわたってドイツを率いてきたメルケル首相は今期かぎりで政界から引退しますが、次期政権が発足するまでは、首相の職務を続けることになります。

今回の選挙結果から見える“ポスト・メルケル”の課題について、ヨーロッパの政治や経済に詳しい、第一生命経済研究所の田中理・主席エコノミストに聞きました。

(聞き手 国際部・田村銀河)

Q 選挙の結果についての受け止めを教えてください。

メルケル首相が政界の引退を表明し、戦後のドイツで初めて、現職が立候補しないという選挙で、政策論争よりも、次の首相選びの様相を呈し、“ポスト・メルケル”にふさわしいのは誰なのかが勝敗をわけました。

堅実な政策手腕に定評のある社会民主党首相候補のショルツ氏は、現政権の副首相として、党の違いはあるもののメルケル路線の継承を印象づけて、社会民主党を勝利に導きました。

メルケル首相が所属するキリスト教民主・社会同盟は、首相候補のラシェット氏が7月の洪水被害の被災地に向かいましたが、そこに似つかわしくなく談笑する姿が大きく報じられて、終盤で失速しました。

世論調査で一時リードした緑の党は、首相候補のベアボック氏が、経歴の誤記載や、記事の盗用疑惑もあって、レースから早々に脱落しました。

メルケル首相は、国内外で高く評価されてきた一方で、ドイツ人の間ではそろそろ変化を求める声も広がっていました。

ただ高齢者を中心に、緑の党に任せていいのかちゅうちょする人も多く、政策継続の安定感と、ほどほどの変化を託せる次の首相として、社会民主党のショルツ氏を選んだ結果だったのかと思います。

Q 一方で、社会民主党もそれほど大勝したわけではありません。

そのとおりです。

社会民主党キリスト教民主・社会同盟の二大政党が獲得した票の割合は、かつては80%を超えていましたが、最近では50%をとれるかどうかとなっています。

戦後のドイツ政治は、この二大政党が、交代しながら引っ張ってきて、政治的な安定が重視されてきた中で、その核となってきました。

ところがメルケル首相は、二大政党で大連立を組んできたほか、メルケル首相自体がより中道色の濃い政策運営を行ってきたことで、本来右派のキリスト教民主・社会同盟の票だけではなく、中道左派社会民主党の票も全部集めていきました。

メルケル政権を安定させる意味では大きな力になりましたが、他方で、極端な政策を主張する政党が存在しなかったドイツに、そうした極端な政党が現れる余地を生んでしまったことも事実です。

とりわけ2015年のヨーロッパ難民危機の時には、難民の受け入れやイスラムに批判的な政党「ドイツのための選択肢」の躍進を許しました。

今回の選挙でも、年齢別に支持をみると、二大政党を支持しているのは高齢者が中心で、票を伸ばした緑の党自由民主党を支持しているのは若者です。

Q 若者を中心に緑の党自由民主党に支持が集まった理由は?

緑の党は、気候変動対策です。

これまでも気候変動対策の必要性は訴えられてきましたが、二大政党の対応はまだ不十分だとの声が多く、若者を中心に未来が脅かされるという不安から、気候変動対策を強化すべきという緑の党が支持を集めました。

自由民主党は、デジタル化です。

ドイツは経済大国である一方、デジタル化の遅れが構造的な問題になっていて、デジタル化の推進に注力するという自由民主党が若者からの期待を集めました。

Q 今後の連立政権については?

選挙結果から考えられる連立の組み合わせは2とおりあり、いずれも3党による連立政権となる可能性があります。

これはドイツでは過去50年で経験したことのない事態です。
一つは、第1党の社会民主党が主導して、緑の党自由民主党が加わる連立政権です。

3党のイメージカラーが、社会民主党が「赤」、自由民主党が「黄」、緑の党が「緑」であることから「信号機連立」と呼ばれます。

もう一つは、キリスト教民主・社会同盟が主導して、緑の党自由民主党が加わる連立政権です。

キリスト教民主・社会同盟の「黒」、自由民主党の「黄」、緑の党の「緑」から、ジャマイカの国旗に使われている色にちなんで「ジャマイカ連立」と呼ばれます。

いずれも緑の党自由民主党が連立に加わる可能性があります。

ただ双方の政策をみると、違いも際立ちます。

まずは、財政運営です。

緑の党は、気候変動対策を強化する過程で、財政支出を増やそうという政策ですが、自由民主党は、これまで同様に財政規律を重視しようという主張です。

また気候変動対策をめぐっては、緑の党は強化を求めていますが、ビジネス指向の強い自由民主党は、企業の競争力に配慮しながら進めるべきという主張で、方向性は一致していますが、その方法で両者は食い違います。

こうした点を連立交渉でどう妥協点を見いだすのかが焦点です。

Q 連立交渉はうまくいくのでしょうか?

前回2017年の選挙のあとは、キリスト教民主・社会同盟、自由民主党緑の党による連立交渉が、途中で暗礁に乗り上げて、結局政権発足までに半年近くかかりました。

ただ、今回は何とか合意にむかって連立交渉を進めたいという、各党の考えがそれぞれの発言から感じることができます。

特に連立交渉のカギを握る、自由民主党は、4年前、交渉を打ち切ったことで「無責任だ」と非難され、その後支持率の低迷に苦しみました。

今回それを繰り返せば有権者の反発にあうのは必至で、政党の存続が危ぶまれるとも認識していて、いずれかの連立で交渉をまとめようという強い姿勢がみられます。

政策の相違を乗り越えて、年内には交渉がまとまると期待しています。

ただ連立交渉だけではなくて、実際に政権運営が始まったあとも、さまざまなところで相違を乗り越えないと、うまく運営できません。

その時に政治安定にほころびが出ていないか、今後も見ていく必要があります。

Q 新政権に求められることはなんでしょうか?

新政権にとっての課題は、これまで取り残されていると感じている人々に、経済発展の恩恵が広く行き届くような政策です。

メルケル首相は、かつて2000年代の初頭には「ヨーロッパの病人」とも呼ばれるほど悪化していたドイツの経済状況を立て直し、16年の間で経済大国として大きな復活を遂げました。

それは失業率の低下に顕著です。

コロナ危機で少しあがったものの、歴史的な低水準にあります。

しかし、労働市場の改革を行った結果、低賃金が増えました。

ドイツは確かに豊かになりましたが、主要先進国の中では格差が拡大した国でもあります。

経済発展から取り残された有権者の不安から、既存の政党以外に支持が向かっていることにつながっているのだと思います。

その意味では社会民主党が主導する政権が誕生した場合には、より所得分配を重視する政策運営をすることで、こうした不満を多少和らげることにつながる可能性はあります。

Q 今回の選挙の争点の一つ 気候変動対策はどうでしょうか?

気候変動対策は長い目で、必ず取り組む必要のある課題です。

ヨーロッパでは近年気候変動への関心が高まっていて、ドイツでも7月に大規模な洪水被害が発生しました。

ただし、これから対策が加速することで、それを負担と感じる人が増えてきた時に、はたして気候変動対策をこのまま進めてよいのか、今後、5年から10年のあいだで問われてくると思います。

フランスで「黄色いベスト運動」という政府への大規模な抗議運動がありましたが、もともと抗議運動のきっかけとなったのは、エネルギー関連の税金の引き上げと、エネルギー価格の高騰でした。

同じようなことが、ドイツのみならず世界中で起きる可能性もあり、どうやって気候変動対策の中長期的な必要性と、いま目の前にある負担の折り合いをつけていくのか、理解を求めていくのか、これは世界各国が共通する課題です。

ドイツをはじめEUは、気候変動対策について、世界で最も積極的な国や地域です。

ドイツは自動車などの経済を支える多くの中小企業も抱えていて、そこは日本と共通する部分です。

ドイツが気候変動対策と競争力をどうやって両立するのか、今後の日本の対策にとっても重要なヒントになると思います。

Q メルケル後のドイツはEU指導力を発揮できるでしょうか?

メルケル首相は、リーマンショック、ユーロ危機、ウクライナ危機、難民危機、さらに今回の新型コロナ危機と、さまざまな危機に見舞われてきました。

そういった危機に直面した際に、メルケル首相は、粘り強く危機に対処し、EUの崩壊や国際社会の安定秩序を守ってきた側面があります。

何事にも非常に慎重なかじ取りを行い、さまざまな人の意見を聞き、熟慮の上に決断をする。

そのため決断が遅いという評価にもなってきましたが、抜群の危機管理能力を発揮してきました。

メルケル首相ほどの政治経験や危機対応経験がある人は世界を見渡してもいません。

その人に代わる人物がいるのか、今の段階で不安が広がるのは当然です。

しかしメルケル首相も、就任前、旧東ドイツから出てきた際に、東西ドイツ統一を成し遂げたコール首相に見いだされて閣僚に抜てきされ「コールのお嬢さん」いう名前で呼ばれていました。

そこからさまざまな経験を積み、危機に対処し、結果出すことで、着実に評価高め、いまでは頼りがいがあるとして、ドイツ語で「お母さん=ムッティ」と呼ばれるようになったわけです。

次の首相の後継者は、まだ結論が出ていませんが、ドイツは首相1人で運営しているわけではありません。

経済大国としての底力があり、そこにフランスの政治力、EUの政治力などそうしたものを合わせることで、大きな発言権を得てきたわけです。

次期首相に対する不安はわかりますが、私はドイツやEUの将来について悲観はしていません。

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